起業への不安は無し、苦労とは捉えない「強さ」と「潔さ」
ブランドの立ち上げを決意したとはいえ、アパレル業界は未経験だったという黒澤さん。「ためらいや不安はなかったのか」と尋ねると、「全くなかったです」という答えが返ってきました。
「既に1社起業していたので、起業や経営については、ある程度分かっていました。それに、もしも分からないことがあっても、信頼している人に相談すれば、助けてもらえる。そう思っていたので、業界未経験からの起業でも、不安や怖さはなかったですね」
さらに、自分自身がブランドのターゲットユーザーでもあるので、「どうすれば胸が大きい女性の悩みを解消できるのか」という点についても、アイデアはどんどん出てきたと言います。
「当事者としてずっと悩み続けてきたことだったので、自分の意見や感覚は大切にしています。もちろん、その気持ちや感覚を、論理的に説明できることは重要だと思いますが、グループインタビューなどで他の女性たちに話を聞いても、だいたい皆さん同じ意見なので、やはり自分が困っていることを解決するという視点は、すごく大事だと感じています。
だから試作品が完成すると、自分でも1日~2日その服を着て過ごし、長時間着ていたときに困ることがないかなどをチェックしています。ワンピースの裏地をなるべく長めに作っていたら、電車の座席に座ったときに裏地が見えてしまった……というようなこともあるので、試作品を着て日常生活を送ることは欠かせませんね」
こうして発売されたハートクローゼットの服は、日本だけでなく海外でも話題になったと言います。
「海外のメディアでも紹介されているようで、アメリカやニュージーランド、タイ、ベトナム、韓国など、いろいろな国から問い合わせをいただいています。『私も胸が大きいことで悩んでいたから、この服が欲しい』という場合が多く、同じ悩みを持つ女性は世界中にいるんだと実感しました」
同じ経験をしていない人に伝える難しさを実感
そして服が完成するまでの「苦労」について尋ねたときにも、「苦労はしていませんね」と明快な答えをくれた黒澤さん。
ブランドを立ち上げるに当たって、クリアすべき課題はあったと思いますが、それらを「苦労」とは思わない強さと潔さが、黒澤さんからは感じられます。
「苦労とは少し違うかもしれませんが、胸の大きい女性が抱える悩みや、その傷の深さを、第三者に分かりやすく伝えることの難しさは感じました。なぜなら私の胸は、私の体に365日・24時間付いているものなので、胸が付いていないときとの比較ができないからです。
胸が大きい女性の悩みや傷を解決するためには、ハートクローゼットのコンセプトや意義を、この事業に関わる方たちに理解してもらう必要があります。でも、同じ経験をしたことがない人に、どうやってブランドのコンセプトを伝えればいいのか。どう言語化すれば誤解なく伝わるのかという点については、今もとても気を使っています」
自分自身が悩んできたからこそ、分かることもある。でも当事者だからこそ、客観的な視点を持って第三者に伝えることが必要な場合もある。黒澤さんはその難しさを実感しつつも、バランスを取りながらブランドを進化させていきます。
「秋ごろに、ブランドを全面リニューアルする予定です。胸の大きい人が、『当たり前のように自由に服を選べる状況』に、さらに近づけていきたいと思っているので、これからの展開を楽しみにしていてください」
文/青野 梢 写真/洞澤 佐智子