そして、社会的ポジションや職業的な憧れが依然高めにキープされているために医者志望の学生は決して減らず、一般企業と違って人材不足で追い詰められません。もしなり手がいなければ、一般企業に起こったことと同じように「女性のなり手を増やすしかない」とスイッチが入り、優秀な女性にどう働いてもらうかという方向へ自然と思考がシフトしていくのに、そういう事態にない大学や病院側は「制限なく働ける男子学生が欲しい」と人材のえり好みを継続できてしまいます。

 「これまでも我々の献身で医療が成り立ってきたのだから、同じように昼夜問わず働ける男性人材を中心にこれまで通りシステムを回す。この超高齢化社会の到来を前に、医療に決して穴を開けないこと、システムを崩壊させないことが優先」という思考で、男性優位社会である医療界の体質への反省や断固とした改革を求める動きが生まれにくいのです。

女性医師がぶつかる壁は女性医師だけの問題じゃない

 経営者視線で考えると、女性医師は「現行の経営を継続する上でのリスク」なのだと、先ほど触れました。子どもが大きくなるまで救急対応や夜間の当直を受けないといった女性医師を雇うのは、短期的にはデメリットです。そのデメリットを相殺する以上にメリットのある女性医師でなければ、つまり普通の男性医師よりはるかに人材的価値の高い女性医師でなければ、その場にいられない。

 「積極的に雇いたいと思えるような女性医師とは、この人を雇えば長期的にメリットがあるぞと、メリットを可視化できる、もしくはそこまでの将来性を感じさせる女性ということで、えりすぐられたスーパーウーマンです。だから結果的に、第一線で働き続ける女性がなかなか増えないんだと思います」

 厚生労働省のデータによると女性医師の数は近年増えてはいますが、診療報酬が高く、長時間残業を余儀なくされる現場に携わる女性医師の割合は少ない(※)。現役の女性医師たちに聞くと、「当直医もこなしていた小児科医の女性医師が当直のない皮膚科に転科」したり、「出産などを機に当直・オンコール(緊急対応)をしない働き方」を選んだりして、そのような現場から離れていく女性医師が多いのも事実です。
(※参考:厚生労働省 平成28年(2016年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況)

 これまで、入試での女性差別や女高男低の実力の傾斜があまり大きな問題にならなかったのは、女性医師の数がまだ少なく「お客さん扱いだった」から、そして、第一線の医療現場があまりにも多忙で、差別を差別だと口にするエネルギーが、当事者たちに残っていなかったからかもしれません。

 Aさんはこう言い切りました。「健康的な男性が過労死直前まで働いて、それでなんとか病院経営が成立するくらいに診療報酬が設定されているのが最大の問題です。もうそろそろ、病院の自助努力の限界が近づいていると思います。現場は破綻しており、現行の価値観、現行のシステムはもう持ちません。これから病院の再編が始まるでしょうね」

 医療業界はまさに過労大国ニッポンの縮図。日本で私たちが当たり前だと思っている「安くてきめ細かで安定的な医療インフラ」や快適な生活は、女性であっても男性であっても、常に誰かの犠牲の上に成り立っているのです。今回の東京医科大の入試差別は、医療業界と私たち日本社会の「破綻」が図らずも明るみに出たといえるかもしれません。

 でも今回の問題には、明るい側面もあります。それは、このように根深く歪んだ日本の医療構造の破綻が国内で明るみに出ただけでなく海外にも知られたことで、より公正でバランスのとれた医療構造を目指し、社会的なプレッシャーがずっしりとかかるということ。これをきっかけに、世界の先陣を切って超高齢化の進む日本で、実験的で先進的な医療改革が起こるかもしれません。

もう、性差なんて気にしないで受験できる日が来るのかもしれません (C)PIXTA
もう、性差なんて気にしないで受験できる日が来るのかもしれません (C)PIXTA

 いま医師を目指して受験勉強をしている優秀な女性たちには、この受験差別の件にやる気や希望を失ってしまうのではなく、いま学んでいる皆さんこそがやがて新しく変わる日本の医療の力となるのだ、とむしろ希望を持って欲しいと心から思います。

文/河崎 環 写真/PIXTA