2016年の夏、日本の政界では女性の存在が際立ちました。民進党代表選挙における蓮舫議員の「二重国籍」問題も大きな話題となってもめにもめましたが、もっとも大きく華々しかった要素は、やはり小池百合子都知事の誕生、そして直後のリオ五輪閉会式「東京ショー」での堂々たる姿でしょう。

 あの金糸をふんだんに用いた絢爛(けんらん)たる帯と着物を、あの大舞台、しかも大雨の中で身にまとい、大きな旗をにこやかに振った美しい女性が、「日本の政治家」であるという事実。「日本の首都・東京に女性知事あり」を大きく深く印象付け、これ以上ないほどのお披露目となったに違いないと感じます。

「日本の首都・東京に女性知事あり」を印象付けた *写真はイメージです (C)PIXTA

あの金糸の帯が物語った、小池百合子のキャリアの迫力

 まさに、人前に立ち続け、見られることを引き受けてきた女性ならではの、TPOと見る人の感情を十分に計算した「勝負服」でした。

 もちろん小池百合子という良家出身の才女が、遠くカイロで高等教育を受け、著名なキャスターとしてのキャリアから政界へ転身、国会議員として長らく国政に仕えてきたのは誰もが知るところ。

 でもおかしな話ですが、あの帯を見たとき、私たちは感じたのです。

 おそらく全身で1000万円以上、帯単体でも数百万円はすると噂されるあの帯は、彼女のキャリアだからこそ似合い、必然性があり、説得力を持つのだと。

 今まで国際的な政治の場で、豪華絢爛な着物を身にまとった女性は、きっとたくさんいたでしょう。でも、その女性は誰かの付き添いや飾りでなく「肩書きを背負った、政治の当事者」だったでしょうか。その着物は「借り物や、裕福な実家から受け継いだものや、夫の稼ぎで買ってもらったもの」ではなく「自分が汗と涙を流し、血ヘドを吐きながら稼いだお金を捻出して購入した、自前の勝負服」だったでしょうか。そうだとしても、飾りではない、本物の権力を持つ女性として、世界中からあれほどの視線を一身に注がれる場に立っていたでしょうか。

 あの金糸の帯と吉祥模様柄たる鶴の刺繍の白い着物は、まさに「肩書きと権力を持った、政治の当事者」が「汗と涙を流し、血ヘドを吐きながら稼いだ自分のお金で買い」、これまでのキャリア人生を一針一針縫い込んだかのような迫力を湛えた「自前の勝負服」だった。

 私にはそう見え、小池百合子が大地に仁王立ちして旗を振るたくましい姿(そう見えたんですってば)を、畏敬の念で鳥肌を立てながら見届けました。