かつての「お嫁さん候補一般職女子」がスライドした「マミートラック」

 そういった女性社員の中の温度差や反目とは、かつての女性一般職と総合職の関係の中にもありました。会社勤めはエリートの結婚相手を見つけるためで、20代後半で寿退職するのが夢なんていう一般職女子社員と、そんな彼女たちに「大した仕事もできずおしゃべりして化粧ばかり直して、それでお給料をもらうなんて、いったい会社へ何をしに来ているの?」と冷たい視線を投げていた総合職女子社員。

 そういえば一般職とは、企業の側が採用時に「女の子は結婚したら辞めるもの」という前提で、あくまでも男性社員のアシスタント職として用意した職種でした。中には「一般職の女の子は、みんな男性社員のお嫁さん候補として採用しているからねぇ」と公言する人々もいたくらいです。つまりは、「男性社員の嫁」プールに若い女子がうようよ。わぁ、日本企業って本当に親切だったんですねぇ、男性社員からすれば夢みたい。一般職で就職するということは、そうやって会社にあらかじめ用意された女の生き方に従いまーす、と同意署名することでもあったのです。

 現在運用されている、時短勤務制度などの「両立支援」制度は、かつての一般職と同じような「会社が女の子用に用意してあげた、ちょっと軽い働き方」という位置にあるのかもしれません。(ちなみに、制度を利用する社員が100%女性というのは、本人たちはホワイトだと思っているかもしれませんが、本当の多様性など実現できておらず制度のあるべき姿には不合格のダメ企業ですけれどね)

 制度をフル活用して子育てを重視するような今の日本女性の「イキイキママ」的働き方は、かつて2000年代の米国では「マミートラック」と呼ばれて流行したものです。

時短や「イキイキ」は、給与や出世とのトレードオフである

 ただ、ここで忘れてはならないのは、一般職も、時短社員も、ともにそれなりの給与しか支払われていないということです。

時短や「イキイキ」は、給与や出世とのトレードオフなのです (C) PIXTA
時短や「イキイキ」は、給与や出世とのトレードオフなのです (C) PIXTA

 充実した制度を用意できるほど大規模な企業の給与体系とは、決してゆるゆるの寛容なものではありません。所属する組織が「女性社員にどういうキャリアパス(選択肢)を提供しているか」で生き方の大枠が決まってしまうのが組織人というもの。

 かつての一般職は、仮に本人が就職氷河期や「女はそうあるものだ」という周囲の古い考え方故に仕方なく一般職として入社し、総合職社員よりもはるかに多い仕事量をこなして高い完成度を見せていたとしても、総合職よりも低い水準でしか給与を得ることはできず、昇進の道筋も用意されていませんでした。

 また現代の時短社員は、時短というだけで実際の労働時間がどうであれ、基準額をカットされることがほとんど。実際、「基準額が5割カットになった」「時短で働いてから給料は以前の半分くらい」という声をよく聞きます。

 つまり時短社員とは、正社員と思われていますが立場は別、「給与の○割を放棄する(=傷を負う)ことで、早く帰ってプライベートのために時間を使う権利を買っている」社員なのではないでしょうか。

 夫が地方単身赴任になってしまい、不本意ながら時短を使っている元・バリキャリのワーママが「まるで『2軍暮らし』。まともに働けない社員に重要な仕事が振られるわけもなく、『2級市民』の存在に落ちた自分が悔しい……」と絞り出すように言った言葉を覚えています。一口に時短を使っているママ社員と言っても環境はさまざまで、やはり温度差があるのです。

 ただ共通して言えるのは、「彼女たちは何かを諦めているから、その状況にいるのだ」ということ。

 それは給与かもしれないし、出世かもしれない。ぱっと見「良妻賢母で家計にも貢献するふりをして子育てはジジババに丸投げでラクをしているマミートラックの既得権ワーママ」は、独身女子からはすべてを手にして甘い汁を吸い、中途半端に「イキイキ」ごっこをしているふざけた社員としか見えないかもしれませんが、時短だからこそ実情はあれもこれも全部取りなんてできない、非常に限定された選択肢しか持っていないのです。