素晴らしい人だと思われるのは居心地が悪い

 それからもう20年以上。ルワンダ国内で延べ8000人ほどの人に義肢やつえを作ってきました。うれしいのは、義肢を渡した人が、後に近況を教えてくれることですね。両手の義手を作ってあげた9歳の子は、20歳を過ぎてやって来て、「エンジニアになりたいから、大学で勉強している」と話してくれました。体が不自由でも前向きに生きている彼のような人を見ると、支援してよかったなと思います。でも中には、せっかく作ってあげた義肢をお金のために売っちゃう人もたくさんいるんですよね。

 私は、この活動をしていて、世間が見るNGOと実際のNGOに、ギャップを感じることがあります。世間の多くの人は私のことを、貧しい国の障害者のために一生懸命活動している素晴らしい人だと見ています。それは私にとって、とても居心地が悪いんですよ。だって実際には、好き勝手なことを言う患者を怒鳴りつけることもあるし、義肢を売られたりすると、「バカ野郎!」と思うし(笑)。

「困った人のために何かやってあげたいと日本の若者がボランティアに応募してくると、『面白くないよ』と夢をぶち壊しちゃうんです。理想は持ったほうがいいけれど、現実を見ないとね」

 そんなふうに裏切られても活動を続けているのは、障害者のためですと言ったほうがいいのかもしれないけれど、今は言えません。手を差し伸べたのに裏切られたら、やっぱり腹が立ちますもん。それでも続けているのは、多分私、いいカッコしていたんだと思います。20年の活動の中で、私はいろんな人を巻き込んできました。寄付をしてくださる方は、思いを込めて私たちの活動にお金を託してくれるわけですから、私はそれに応えたいし、「あの人にお金を渡してよかったね」と言ってほしいのだと思います。

「もう辞めたいと思うこともあるけど、『そんな簡単に辞めちゃうんだ』と思われたくないのでしょうね」

 こんなことを言うと、支援しようと思っていた方がやめちゃう?(笑) でも私、自分をいつわってまでお金をもらいたくはないんですよ。「お金を出すんだから、こういうふうにして」などと条件付きで出されるのも嫌。こびるつもりはないんです。それでも私の活動に共感し、お金を託してくださる方から、ありがたく頂戴しています。