これからも流れに乗っていくのかな、沈むかもしれないけれど

 資金を集め続けることは大変で、そればかり考えて、肩凝りや不眠になっています。少しでも活動資金を増やすために、2000年にはルワンダでレストランとゲストハウスを始めました。寄付金には人々の思いが込もっているので活動以外には使いませんが、ここで得たお金なら、一緒に働いている人の家族が病気になったときや、亡くなった知人の棺桶を買うときなどの支援に自由に使えます。そういえば、自分がおいしいものを食べたいとか、服を買いたいというような欲はなくなってしまいましたね。取りあえず雨風がしのげて、適当な服があって、移動のために車が1台あれば、それでいいかなと思います。バブル時代のむなしさを経験したおかげかもしれません(笑)。

活動資金を増やすために始めたレストラン 提供/ルダシングワ真美

 法律事務所でのOL時代から比べると、まるで違う人生に行き着いているわけですが、私は、自分で人生を選んだという気はしないんです。ただ流されてここまで来ただけ。ケニア行きもたまたま手に取った本がきっかけだし、ガテラとの出会いもたまたま。義足を作ることにしたのも、たまたま彼の装具が壊れて、それを作る様子を見たからです。

「探していたのは食べていく手段だったから、必ずしも義肢作りじゃなくてもよかったんですよ」

 これからも流れに乗っていくのかな。沈むかもしれないけれど(笑)。そして、もし私が新しいことをやるとしたら、それはきっと、ガテラがやれと勧めることなんだろうと思います。ガテラの存在はとても大きくて、彼がやれと言ったことは間違いないと思っているんです。彼は、障害があることや、虐殺を経験していることなど、私の知らない苦労をしていて、生きていく力や危険を察知する能力を持っているから。

 もちろん、彼を道しるべにしてやったことでも、失敗したときは私自身が責任を取らなければいけません。だから、決して手は抜いていない。手を抜いたらカッコ悪いですからね! 何もないところからここまでやったんだという自信があるせいか、私、へんにプライドが高いんです。人にやり方を批判されると、「じゃあやってみな」と言っちゃうの。そのへんは、もっと謙虚にならなくちゃいけないと思っています。それと、役に立とうとしている若い人をいじめて、貴重な芽を潰さないようにしたいです(笑)。

紛争後のルワンダで、身体障害者に義肢を作って無料で配る
ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクト ルダシングワ真美さん

第1回 元派遣社員がアフリカへ 義肢を配る活動を始めるまで
第2回 ルワンダ人の彼と職探し…その後起きたルワンダ大虐殺
第3回 ルワンダで義肢造り「素晴らしい人と思われたくない」(この記事)

聞き手・文/金田妙 写真/清水知恵子