いつまでも活動ができるように、団体を立ち上げた

 現在私は京都大学の野生動物研究センターの研究員として、JICA/JST SATREPSプロジェクトに参加して、マナティーの研究を続けています。幼い頃人間に保護され育てられた動物を野生に戻すというのはとても難しいので、マナティーがどんな行動をとるのか、どうやって野生に戻っていくのかをバイオロギング手法を使って調べているのです。

 年の4分の1はアマゾン暮らし。巨大なクモやワニがいるような奥地へ行くこともありますが、そこでの暮らしが日本と違うことは、とりたてて気にすることではありません。奥地へ行くときは、服装や持ち物などそのための準備をして行きますからね。ただ、それでもアマゾンでの生活はとても疲れます。やりたくてやっているのですが、とてもつらい。「日本に帰ったらぬか漬け食べたいな」とか、「湯ぶねにつかりたいな」とよく思いますよ。私にとって研究は、やりたいことだけれど、好きなこととは違う気がします。純粋な好奇心なんです。

 研究生活の中で、やりたいことができるようになったのは、ここ2、3年ですね。でも、今の仕事もプロジェクト期間だけの雇用で、いわば契約社員。お給料も、同じ年齢の会社員の方と比べたら低いと思うし、ボーナスも有給休暇もありません。実は研究者って、努力して誠実に論文を書いていても、その数が少ないことで地位に就けず、バイトをしながら研究している人も少なくない世界なんです。一方、大学に勤めてポストに就いたら就いたで、研究以外のことに忙殺されてフィールド調査に行けなくなったりします。

 私はそういうこともおかしいと思っていて、どんなことになっても活動ができるようにと、この春、一般社団法人を立ち上げました。その名も「マナティー研究所」!

「ブラジルやペルーにできた仲間たちとこの先も活動を続けたい。そんな思いから立ち上げた法人なんです。理事は、会社の経営者や学校の先生など、研究者以外の人にお願いしました」(C)JICA/JST SATREPS
「ブラジルやペルーにできた仲間たちとこの先も活動を続けたい。そんな思いから立ち上げた法人なんです。理事は、会社の経営者や学校の先生など、研究者以外の人にお願いしました」(C)JICA/JST SATREPS

 マナティーの理解を深めるための研究調査をし、マナティーの知名度を上げ、さらにいろんな分野の人とつながって、新しい事もやってみたいと思っています。その一つが環境教育です。

 日本では、アマゾンの熱帯雨林の伐採問題を知らない人はいないと思います。でも、「ブラジルの人はなぜ森の木を切るんだろう」と思っても、それが自分たちの暮らしとどうリンクしているか考えたことはありますか? 木を切った場所は農地になる場合もあります。作物を育てたり家畜を飼ったりして、そこで育ったニワトリの肉は日本のスーパーにも安価で並び、育てた大豆は様々な物……例えばレシチンに加工されて、私たちが食べる多くの加工食品に入っているんです。

 環境問題を知識として知っているだけで、自分とは関係ないと思っていることは、大きな問題だと思うんですよ。私がそう考えるようになったのは、やはりアマゾンというフィールドに出て行ったからでした。

後につなげられる何かを残したい

 マナティーを放流するとき、国立アマゾン研究所では地域に声を掛けて何百人もの人に放流を見てもらっています。アマゾン川は濁っているので、地元の人でも生きたマナティーを見たことのない人が多く、現地での名称が「Peixe-boi(牛魚)」なので魚だと勘違いしている人もいるんです。「これがマナティー。私たちと同じ哺乳類で、お母さんのミルクを飲んで大きくなるの」と説明すると、みんなとても興味を持って喜んで観察してくれます。そうやって関心を集めてから放流することで、マナティーや彼らが暮らす環境に対する意識が、大きく変わっていくんです。

「放流したマナティーはバイオロギングで行動を観測しているので、地元の人たちも『あのマナティーどこにいるの?』とずっと関心を持ち続けるんですよ」(C)︎JICA/JST SATREPS
「放流したマナティーはバイオロギングで行動を観測しているので、地元の人たちも『あのマナティーどこにいるの?』とずっと関心を持ち続けるんですよ」(C)︎JICA/JST SATREPS

 私は、アマゾンで目にしたこのような環境教育を、ぜひ国内外で、子どもにも大人にも広めたいと思っています。

 かつての私は、自分は研究者で、マナティーを守ることはできないと思っていましたが、それは間違いでした。アマゾンで活動するようになってから、希少生物に携わる者の責任として、研究したことを保護に生かせなくちゃダメだと意識が変わったんです。

 もちろんこれからも、研究者として、マナティーという生き物への好奇心はつきません。まだ彼らのことを1%も分かった気がしない。人と同じくらい生きるといわれている動物を、私の一生で理解できるわけがないんです。

 よく「研究が終わったら何をするんですか?」と聞かれるのですが、とんでもない! 研究に終わりなんてないんです。知りたくて、知りたくて、たまらないんですから。終わらない代わりに、後につなげられる何かを残したいです。「私はここまでだった、あとは頼みます」と言えたらなと、思っています。

「ブラジルで買ったお気に入りの服です!」
「ブラジルで買ったお気に入りの服です!」
Profile
菊池夢美(きくち・むみ)
1981年東京・杉並生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了(博士(農学))。25歳でブラジルに渡り、国立アマゾン研究所と共同で、アマゾン川に生息するアマゾンマナティーの行動研究を開始する。現在は京都大学野生動物研究センターのプロジェクト研究員として、年の4分の1をアマゾンで暮らし、密漁などから保護したマナティーを自然に戻す活動にも参加。一般社団法人「マナティー研究所」代表。
南米のアマゾンで希少動物マナティーを研究
京都大学野生動物研究センタープロジェクト研究員 菊池夢美さん
第1回 周囲に「無理、やめろ」と言われ続けた36歳の研究者
第2回 研究者・菊池夢美 願いがかなった直後に襲った出来事
第3回 一度は転職も考えた 野生動物研究者の、諦めない理由(この記事)

聞き手・文/金田妙 写真/清水知恵子