人に寄り添う仕事をしたい

 自分が前向きにいられて、満足できることというのは、人によって違うでしょう。私と同じ仕事をしても「つまらない!」「もっとお金を稼ぐ仕事のほうがいい」と思う人もいると思います。でも、どんなことに満足を感じるにせよ、大事なのは、自分がどんなことを好きなのか分かっていることじゃないかなと、私は思っています。

 私は人に寄り添う仕事をすることが好きで、それが自分の満足につながるんですね。テレビ局時代の上司にも、「人に寄り添う取材をしなさい」と言われ、しっくりきたのを覚えています。そして今の防災の仕事でも、人々が不必要な苦しみや経験をしないために、何かできたらいいなと思いながらやっています。災害では、社会的・経済的弱者の人が不利益を被ることが多いので、少しでもそれをなくせるように、政策や仕組み、枠組み作りをして寄り添っていきたいんです。

 私のことを、ミャンマーの村人や、共に働いている現地のスタッフがどう思っているかは分かりません。知るのは……ちょっと怖いですね(笑)。ただ、一緒に活動する中で、その人の気付きが広がっていく瞬間は、楽しいです。スタッフが自分で考えて動けるようになることも、とてもうれしい。皆から学ばせていただくという気持ちは常に持ちつつも、私が経験してきたことも、彼らの人生の役に立ってほしい。彼らに自分は何が残せるのかなということは、いつも考えています。

「こうした思いの原動力になっているのは、あの東日本大震災の時に取材させていただいた方々から受け取った気持ちなんです。ハーバードへの出願時、推薦状を書いて送り出してくれたのは被災自治体の課長さんでした。留学前も会いに行き、防災に貢献できる人材になると約束しました」
「こうした思いの原動力になっているのは、あの東日本大震災の時に取材させていただいた方々から受け取った気持ちなんです。ハーバードへの出願時、推薦状を書いて送り出してくれたのは被災自治体の課長さんでした。留学前も会いに行き、防災に貢献できる人材になると約束しました」

いろんな人の考えに触れ、前向きな力にしていく

 振り返ってみると、私はたくさんの人に支えられ助けてもらってここまで来ました。自分の人生なので結局は自分で決めて進んでいくしかないけれど、私には「納得感」がとても大事で、考えた上で納得して選択できるためには、周りの、話を聞いて私に向き合ってくれる人たちが大きな力になっています。これまでも、悩んだときはいろんな人に打ち明けてきました。両親、友人、職場の上司、大学の先生まで、いろんな人と話をしながら、そもそも自分が何をしたくて、何が足りないのか、整理していったんです。

「でも、すがる思いで、人の意見をそのまま取り入れることはありません。そのアドバイスが自分に当てはまるかどうかは、自分にしか分からないから。やっぱり決めるのは、納得した自分です」
「でも、すがる思いで、人の意見をそのまま取り入れることはありません。そのアドバイスが自分に当てはまるかどうかは、自分にしか分からないから。やっぱり決めるのは、納得した自分です」

 私は人脈をとても大事にしています。自分が変わっていく中で、新しい人に会うことも好き。機会って、いろんな人と交流することによって生まれていると思うんですよ。アイデアや発想など、自分にないものを与えてくれるのも、自分ではない他者ですからね。

 新たな人脈を築くのが苦手という人もいますよね。でも、ちょっと勇気を出して、普段の人間関係とは違う人の集まる場へ出掛けてみたらどうでしょう。「心を許せる友達をつくろう!」とか「素晴らしい価値観をゲットしよう!」なんて構えていくと期待外れだったときにテンションが下がるけれど、「どんな感じなのかな? ちょっと行ってみよう」くらいの軽い気持ちで行けばいいと思うんです。

 いろんな人に会うと、自分とその人を比べて「あの人すごいな。自分はこれもできない、あれもできない」と落ち込んでしまうこともあるかもしれませんが、そこはもう単純に「すごーい!」くらいの気持ちで受け止めたらいいんじゃないかな。私はいつも「人はそれぞれ、十人十色」くらいの気持ちでいるので、いろんな人の考えに触れて、前向きな力にしていくことができたのかなと思っています。

自分の軸を理解して、進む道を選びたい

 実は2018年の秋、アメリカ系大手国際NGOのマーシー・コープス(Mercy Corps)に転職することが決まっています。ミャンマーでの生活は楽しくてしょうがないのですが、一方で、中長期的に生活の拠点をどこにするかなどプライベートと仕事との両立に不安な気持ちもあったんです。それを友人に相談していたところ、マーシー・コープスが、インドネシアのジャカルタ駐在で、洪水防災の新たなプロジェクトを始めるために人材を探していると紹介してくれたのです。

 防災の分野では、大学など多くの研究機関が調査・分析を行っています。ただ、そこで出た結果やデータは、実際に現場の政策に生かされないと意味がないですよね。マーシー・コープスでの私のポジションは、研究結果や手法を、インドネシア・ネパール・バングラデシュの3カ国の防災事業に応用し、逆に現場で必要とされている調査やデータ分析を進めるなどして、より効果的な洪水の防災事業を実行していくというものです。スイスの保険会社やイギリスの大学などと行う、官民学連携プロジェクトなんですね。

 もちろん、ミャンマーでの仕事をわずか1年で離れることに対しては、相当悩みました。けれど面接の際、「研究結果を理解するための学問的な力、それら研究の意味を現地政府などに説明するコミュニケーション能力、またアジアで事業を進める管理経験を持つ人を探している」と聞かされた時、これまでの人生の点と点がつながった気がしたんです。しかも、友人に相談したからこそ、自分では気付けなかった新たな選択肢が生まれたので、人脈の重要性には改めて驚かされました。「二度とないかもしれない、このチャンスをつかまなくちゃ!」と思ったんですよ。

 スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチでこう話しています。「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎ合わせることなどできない。できるのは、後からつなぎ合わせることだけ。だから、今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない」。昔から長期ビジョンを持つのが苦手な私は、彼の言葉を信じて、目の前のことだけに全力で取り組んできました。それでも、こうして転職などの決断をするときは、自分の進め方が正しいのかどうか悩むこともあります。そんなとき私は、「自分の軸」に立ち戻ります。戻れる「自分の軸」がしっかりあるように、自分がどういう人間で何をやりたいのか本当に理解することは、これからもずっと考え続けなければいけない、とても大事なことだと思うんです。

 この先どんな仕事をするにせよ、やりたいことのチャンスが巡ってきたとき、どこの国であろうと、それをつかみに行ける力を持ちたいです。いろいろな国、文化、立場の人の意見を寛容に受け入れながらも、自分というものを持っていたい。そして、好きな生き方をできる自由を得るために、実力や経験、人脈を持ったベストの人間になりたいと思っています!

第1回 大好きな仕事を辞めて、大学院に進学 決意の理由は
第2回 会社を辞めて大学院へ その後の勤め先でぶつかった壁
第3回 ハーバードを卒業しNPO就職 大事なのは「納得感」(この記事)

Profile
大倉瑶子(おおくら・ようこ)
特定非営利活動法人 SEEDS Asia ミャンマー事務所代表。秋から米系国際NGOのMercy Corpsの洪水防災の事業・リサーチ統括(Program and Research Manager)として就任予定。大学卒業後テレビ局で報道記者・ディレクターとして約4年働く。東日本大震災の取材を通して、防災や災害復興に興味を持ち、退職してアメリカのハーバード大学ケネディ・スクールで公共政策修士号を取得。マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Labを経て、現職。災害の多いミャンマーで災害リスクの軽減や環境問題に取り組んでいる。

聞き手・文/金田妙 写真/清水知恵子