自分の考えは正しい? 多様な価値観を受け入れよう

 捕鯨問題を扱った映画というと、コレクター夫婦を撮った「ハーブ&ドロシー」と全く異なる映画のようですが、私は根底にあるものは同じだと思っています。「人間」なんです。

 「おクジラさま」では太地町の人々の声を世界に発信したいと思いましたが、捕鯨に賛成する映画ではない。いろいろな立場の人がいて、世の中にはこんなに多様な価値観があるんだということを伝える映画なんです。多様な価値観――ダイバーシティというのは、今、大きく注目を浴びている話題ですよね。

「『ハーブ&ドロシー』も『おクジラさま』も根底にあるものは同じです」
「『ハーブ&ドロシー』も『おクジラさま』も根底にあるものは同じです」

 「おクジラさま」では、太地町の人々だけではなく、そこでイルカ漁を監視していた環境保護団体シーシェパードのメンバーにも取材しました。シーシェパードは過激な抗議活動で有名で、日本のメディアでは悪者として漁師に嫌がらせをしているようなところしか報道されないけれど、話すとごく普通のアメリカ人なんです。NHKのプロデューサーと話をしていたら、「この映画を見ると、彼はただの人間で、ひょっとしたら結構いいヤツかもと思えてくる」と言われて、うれしいなと思いました。

 映画には、太地町にいた政治団体のリーダーも登場します。こうした人は普通の日本のメディアはトラブルが起きると嫌だといってカメラを向けない。ややこしいから関わるのはやめておこうということになる。でも、話を聞いてみるとすごく真っ当なことを言う。映画でも取り上げた、太地町の人とシーシェパードの面々の対話の場を設けることを考えたのはこの人です。それで、対話を実現しようと、本当に片言の、カタカナ英語でシーシェパードのメンバーとコミュニケーションを取ろうとする。その様子を見て、どんな人もちゃんと話してみないと何を考えているか分からないと思いました。

 日本のメディアではなかなか報道されない、日本人でクジラやイルカ漁に反対する人たちも取材しました。外国人だけじゃなくて日本人の中にも多様性がある。いろいろな人の声を盛り込みたいと思ったんです。

 捕鯨に反対とか賛成とか、そういう答えを出すための映画ではないので、映画を見ても答えは出ない。伝えたいテーマはもっと普遍的な問題で、人と人はなぜ分かり合えないんだろうとか、どうしてコミュニケーションの問題が出てくるんだろうとか。イギリスのEU離脱とか、カタルーニャ州のスペインからの独立といったナショナリズムやグローバル化と地方の価値観の衝突の問題にもつながるテーマです。

 映画を観て、自分が信じていたこと、正しいと思っていたことが実は違うんじゃないか、そういう思いを持ってもらえたらと思います。世の中には自分の考え方とは全然違う視点がある。それを知って、もやもやしてほしいんですよね。

佐々木芽生(ささき・めぐみ)

映画監督・プロデューサー。北海道生まれ。フリーのジャーナリストを経て、1992年よりNHKアメリカ総局勤務。「おはよう日本」にてニューヨーク経済情報キャスターを務め、その後独立して、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、初の監督作品「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」を発表。世界30を超える映画祭に正式に招待され、米シルバードックスドキュメンタリー映画祭、ハンプトン国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。2013年、続編に当たる映画「ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの」を発表。2016年、3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」を完成させ、同年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された。日本では2017年9月より全国順次公開。著書に同映画制作の舞台裏を書いた「おクジラさま ふたつの正義の物語」(集英社)。

(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム
(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム

「おクジラさま ふたつの正義の物語」


英題:A WHALE OF A TALE
監督・プロデューサー:佐々木芽生
配給:エレファントハウス

2017年9月9日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
※書籍版は集英社より発売
公式サイト:http://okujirasama.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/okujirasamafilm/


聞き手・文/大塚千春 写真/稲垣純也

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