カカオを知りたくて、会社を辞めた

 会社での仕事はとても面白かったのですが、私はだんだん、ある違和感を覚えるようになりました。「そもそも私はカカオを知らない。それなのにチョコレートを作っているのか……」と。その違和感は、お客様の前に出てチョコレートの話をする機会が増えるにつれ、ますます大きくなりました。チョコレートのことはおおかた分かっていても、カカオという植物については一般的な知識しかなく、自分の目で何も見ていないことに疑問を持ったんです。川上を知らずに川下にいてものを作っていていいのか? その思いは日増しに強くなり、私はついに会社を辞めることにしました。自分の足で世界各地のカカオ産地を回り、この目でカカオを見たいという欲求を止められなかったんです。

 初めて訪れた産地は中米のグアテマラです。情報はインターネットで探しました。たまたまグアテマラで宿を営んでいる日本人を知り、そのサイトに「ここにはカカオがある」と書いてあったので、すぐに「行きます!」と連絡を入れたんです。そうしてカカオ産地巡りが始まるのですが、私は同時にヨーロッパのショコラの世界も見ることにしました。会社を辞める頃、フランスのラ・メゾン・デュ・ショコラなどのチョコレートが日本に入り始め、チョコレートの市場が変わると予感したからです。3カ月間でヨーロッパ6カ国の相当数のチョコレート専門店を訪ね、そこにあるボンボンショコラ(一口サイズのチョコレート)を片っ端から味見しました。1日に食べたチョコレートの数はものすごかったですね。バレンタインシーズンの購入が何十万円になったこともありました。こうして私は、チョコレートとカカオの世界を、同時に見始めたのです。

「パリのチョコレートイベントの専門店では売り子も経験しました。現地の消費者がどんなチョコレートを好きなのか心理動向を学びたかったのです」

チョコレートプランナーという肩書で資金を調達

 カカオ産地への旅もヨーロッパのお店巡りも、お金が必要です。でも私は会社を辞めたフリーランス。そこで始めたのが「チョコレートプランナー」という仕事でした。そのような職業が既にあったわけではなく、私が名刺に書いた肩書なのですが、新しい職業をつくった実感はありません。メーカー様のチョコレート作りをお手伝いしたり、チョコレートを輸入販売するお店のセールストークをお手伝いしたり、自分で原料を輸入してメーカー様に販売したり、お金を稼ぐために、唯一できる仕事をしただけなんですよ。フリーでそのようなことをしている人は業界にいなかったので、きっと面白い人間だと思われたのでしょう、一切営業していないのにどこからかお話がきて、仕事をさせていただきました。なかには「会社を辞めてそんなことを始めて、食べていけるの?」と心配してお仕事をくださった方もいて、とてもありがたかったです。

 もう一つの問題は、語学です。海外を回ろうにも英語すら苦手だった私は、まず駅前の英会話教室に通い、下のレベルから学習をスタートさせました。少しだけ話せるようになったのは28歳ごろで、29歳からはフランス語、33歳でスペイン語を学び始めました。どれもカカオ産地とチョコレートの本場で通じる言語です。カカオとチョコレートのためというはっきりした目的のもとに勉強したのです。

「語学教室でも、私が話すトピックはカカオとチョコレートのことばかり。グループレッスンでもその話ばかりしていたんですよ」
Profile
小方真弓(おがた・まゆみ)
CACAO HUNTERS JAPAN代表(日本)。CACAO DE COLOMBIA S.A.S.研究開発ディレクター(コロンビア)。チョコレート原料メーカーにて研究開発、企画開発に従事。その後単身で欧州6カ国のチョコレート市場を巡り、カカオ生産国へカカオ調査の旅に出る。2003年よりチョコレート・カカオ技術コンサルティング事業を開始。国内のチョコレート事業開発の他、コロンビア、ペルー、パプアニューギニア、インドネシアなどのカカオ生産国で、チョコレート開発指導、カカオ品質改良指導に携わる。CACAO HUNTERS JAPAN:https://cacaohunters.jp/、チョコレートの購入は丸山珈琲オンラインストアから。

聞き手・文/金田妙 写真/清水知恵子