ルール導入後「ムダはないか」見直すように

 『15%ルール』をはじめとした仕組みを実効性のあるものにするために、同社では全社で業務改善にも取り組んでいます。具体的には、無駄な会議の削減や説明資料の簡略化、部署ごとの作業フローの見直しなどです。

 田子さんが所属する経理部でも、社内向けの決算関連資料を簡略化したり、日ごろ多用するエクセルのスキルアップを進めたりと、積極的に業務の効率化に取り組んでいます。

 それでも、これまでより少ない時間で今まで以上の成果を出すのは難しいのでは? そんな印象も持ちますが、田子さんによると、新規事業についての打ち合わせが担当の業務の合間に入ることで、リフレッシュの効果も生まれているそう。

 「経理の仕事は、デスクで細かい作業に集中しなければならないことが多いので、午後の遅い時間になるとどうしても業務効率が下がってきていたんです。でも、短い時間とはいえ、例えば新規事業についての打ち合わせを入れると、発想が切り替わり、気持ちの面でもメリハリが生まれている実感があります」(田子さん)

「15%ルール」活用度を上げるための取り組みも

 「会社としても『15%ルール』を、もっといろんな人に活用してほしい」。そんな思いから、社内ではさまざまな研修やイベントが開催されています。社内のビジネスモデルを可視化したビジネスモデルキャンバスや、社外のコワーキングスペースで開かれるイノベーションサロンなど、社員が誰でも参加できる取り組みを行っています。10月19日には、一般職の社員向けに研修が開かれ、35名の女性社員が参加しました。

 研修では外部講師を招き、ビジネスモデルの要素を可視化するフレームワークを学びつつ、自分自身の価値を再認識するワークショップが行われていました。

研修の様子。講師は、ビジネスモデルキャンバスの関連書籍を数多く出版、企業研修を多数手掛ける今津美樹さん。この日は、35名の女性社員が参加していた 撮影/編集部
研修の様子。講師は、ビジネスモデルキャンバスの関連書籍を数多く出版、企業研修を多数手掛ける今津美樹さん。この日は、35名の女性社員が参加していた 撮影/編集部

 研修に参加していた入社11年目の女性は、「『ビジネスモデルキャンバス』が何か分からなかったので、興味を持って研修に参加しました。実際に講演を聞き、自身のキャリアを考える良い機会となりました」と話します。丸紅では、『15%ルール』の活用を促すため、今後も社員向けの研修を継続的に開催していく予定です。

一個人としての「自分」を見つめ直すきっかけにも

 田子さんのアイデアが実際に事業化されるかどうかはまだ分かりません。ただ、こうして担当業務とは異なる新しいアイデア創出に取り組む経験自体に大きな意味があり、自分を見つめ直すきっかけになっているといいます。

 「所属部署における仕事も、もちろん大切です。でも、就業時間の15%の時間を『自由な発想で新しいアイデアを考える時間に使っていい』と言われて初めて、『経理部の一員』である前に『丸紅の一員』である意識が強くなりました。『丸紅の一員』という視点で物事を考えることは、私にとってとても新鮮です」(田子さん)

担当の経理業務から一旦離れ、『人材シェアリング』について考えていくうちに、「一個人としての自分の価値も考えるようになりました」と田子さん
担当の経理業務から一旦離れ、『人材シェアリング』について考えていくうちに、「一個人としての自分の価値も考えるようになりました」と田子さん

 ビジネスプランコンテストに向けて取り組んでいるアイデアが、「組織や会社という枠を超えて人材をもっとシェアし合おう」という問題意識に基づくものであるだけに、「仮に『丸紅経理部』という肩書きを外したとき、自分は社会にどんな価値を発揮できるのか、発揮したいのか」を考える機会も増えたといいます。これまでより、もっと主体的にキャリアを考える姿勢が生まれてきたのです。

会社側の課題 「危機感を共有し、意識を変えられるか」

 こうした新しい取り組みの循環を実現していくためには、課題もあります。新しい仕組みを導入した結果、まず動いたのは「もともと新しいチャレンジをしたいと考えていた層、あるいは自発的に新しい価値創造を積極的にしていた層」と上杉さんは指摘します。

 「組織が大きくて歴史がある会社ほど、過去の成功体験を捨てにくい面もあります。そうした中で、このまま同じことを続けるだけでは生き残れないという危機感を共有し、一人ひとりの意識を変えられるか。いわゆる『アーリーアダプター』以外の層にどれだけ『15%ルール』が浸透していくかが、重要な役割を担っていると思います」(上杉さん)

文/加藤藍子 写真/吉澤咲子