「へえ、真奈美は人参をそうやって切るんだ」

「就職活動にのめり込んだおかげで、大学4年の春には第一志望のメーカーに内定が決まりました。同じころ、友人やバイト先の先輩たちからいろいろと遊びの誘いがくるようになりました。就職活動一色だった私に、周りも気を使ってくれていたのかもしれません。

 そのなかで、昔バイト先にいたB先輩から『今度個展をやるからよかったら見に来てよ』とメールがきて。B先輩はすでに社会人で、デザイン事務所に勤務していました。その個展をきっかけに先輩とも久しぶりに話すようになり、映画や美術展に連れて行ってもらうようになりました。

 私、元彼の反動って大きいみたいで。A君が同級生・スポーツマン・実家暮らしの人だったので、年上・クリエイター・ひとり暮らしのB先輩に惹かれたんですね。何より、好きな仕事で稼いで自活できている人っていいな、と。私自身はまだ社会に出る前だったので、憧れがあったのだと思います。

 付き合ってみると、やっぱり楽しかったですね。知らない世界を見せてくれて。彼自身がイラストを描いたりデザインをしたりというクリエイターだったので、その世界へのこだわりがあって話も面白かった。ただ、そのこだわりが強すぎて…。

彼の自宅で一緒に料理。楽しい時間のはずが… (C)PIXTA
彼の自宅で一緒に料理。楽しい時間のはずが… (C)PIXTA

 たとえば、彼の家で一緒に料理をしていると、『へえ、真奈美は人参をそうやって切るんだね』って彼が横から言うんです。怒ったりはしないんですが、そう言われると『え、違った?』『どう切ったらいい?』と、私もつい不安になってしまって。正解はないんでしょうけど、一応彼の家ですし、なんとなく合わせてしまったんです。

 そのうち食器の洗い方とか、靴下のたたみ方とか、ついにはクッションの置き場所まで気にするようになり、だんだん窮屈さに耐えられなくなりました。それで、大学の卒業旅行に行く直前に、成田空港で『もう耐えられません。帰ったら話し合いましょう』とメールをして海外に逃げ出しました(笑)」