EU離脱で分裂の危機を迎えているイギリス

増田 続いては、EU離脱に揺れるイギリスです。1960年代には北アイルランド紛争が起こり、北アイルランド地方は長いこと内戦状態にありました。イギリスがEUの離脱を決めたことによって、この地域に何が起こるのか……。気になって取材してきました。

池上 アイルランドはもともとカトリックが多数派ですが、北アイルランドはプロテスタントが多数派。アイルランドが独立するとき、北アイルランドだけはイギリスに留まったという歴史があるんですね。

 しかし、北アイルランドに住む少数派のカトリックの人々が、やはりイギリスを離れてアイルランドと一緒になりたいという独立運動を起こします。その中から過激派組織IRA(アイルランド共和軍)が誕生し、イギリスに対するテロを行うわけですね。1960~70年代にかけて、ロンドンでは頻繁に爆弾テロが起き、エリザベス女王や当時のサッチャー首相の暗殺計画もありました。

増田 1998年に和平を結び、今は落ち着いている状況と言われています。現在はアイルランドも北アイルランドもEUに加盟しているので、行き来が自由なんですね。

池上 平和になった背景には、EUがあったわけですね。しかし、イギリスがEUを離脱すると、アイルランドと北アイルランドは分断されてしまう。その話が本格化すると、また北アイルランド紛争が再燃する可能性が出てきますよね。

世界情勢から歴史まで、分かりやすい言葉で丁寧に解説してくれる池上彰さん
世界情勢から歴史まで、分かりやすい言葉で丁寧に解説してくれる池上彰さん

 増田 北アイルランドの首府ベルファストには「平和の壁」と呼ばれる、かつてプロテスタント側とカトリック側の住民を分断していた象徴のような壁があります。昼間は自由に行き来できますが、現在でも夜10時には門が自動的に閉まるようになっているんです。

池上 なんで紛争が起きなくなったのか? というと、それは壁で分断されたから。全く別の生活圏になって、お互いの交流がなくなったためにケンカも起きなくなった、というわけなんですね。

増田 残念なことに、実際にはそういうことです。「平和の壁」には落書きや壁画がたくさんあるのですが、カトリック側に描かれた「犠牲者を悼む家屋の壁画」は印象的でした。壁一面に描かれた、本当に大きい絵なんですよ。

 壁画には「私たちのリベンジは子どもたちの笑顔だ」という言葉もありました。

池上 IRAのリーダー格だった女性の絵ですね。彼女はイギリス側に捕まりますが、抗議のために刑務所でハンガーストライキをし、刑務所内で餓死するんですね。その結果、カトリック側の英雄になった、というわけです。

 今は独立できていないけど、いつか必ずイギリスから独立し、アイルランドと一緒になって子どもたちが笑顔になる。それがイギリスに対する復讐だ、という意味なんですね。

増田 プロテスタント側にも同じように絵が描かれていて、IRAに殺されたイギリス軍兵士の絵もありました。

 30代前半くらいのタクシー運転手の青年に壁まで連れて行ってもらったのですが、彼は子どもの頃から、学校に行く途中で、紛争によって目の前で人が殺されるの見てきたそうです。イギリスがEUから離脱すると、これらの動きがどうなるのか心配ですね。

 スコットランドも独立問題を抱えていますが、現地で話を聞いた若い女性は「いつか必ず独立したい。だけど今じゃない」と話してくれました。混乱に乗じて独立するべきではないという考えのようです。

池上 今、イスラム教徒のスンニ派とシーア派の殺し合いが起きていますが、ここではカトリックとプロテスタントが殺し合いをしたんですよね。宗教対立というより、北アイルランドはどこのものなのか? という土地をめぐる争いです。それが、結果的に宗教紛争に見えてしまっている、という構造なんですね。

 分離壁といえば、イスラエルがパレスチナとの間に壁を作っていますよね。イラクでスンニ派とシーア派の殺し合いが収まったのも壁のおかげ。行き来できないことで殺し合いが収まる、というのは悲しいことですが、世界ではそういう動きがあります。そういえば、トランプ大統領も壁を作ると言って当選しましたが、どうなるんでしょうね。