――市原さんが演じた海人役は、とても複雑な感情を抱えたキャラクターですが、彼をどのような人物としてとらえて演じられましたか?

 「海人は、もともと教師で、子どもに何かを教えるという職業を選んだ人物です。だから、内面も感情も豊かだと思いました。これからの世代を担う人たちを育てるために、希望を持って道を示してあげたり、教育として、言葉を通して伝えたりする職を選んだけれど、自らの言葉によって認められなくなってしまう出来事に遭遇する。その後、教師を辞めて、ホテルの従業員になりますが、それまでとは真逆の内向的な人間になってしまうんですね。感情を見せることなく、臆病になっていく。すごく繊細で人間臭いゆえに、どんどん悩んで、その悩みが蓄積されて、やがて爆発してしまうのですが、それをどのように表現するか葛藤しながら演じました」

――教師からホテルの従業員と、内面的にも全く変わってしまう役を演じるのは大変だったのですね。

 「ほとんど食事も喉を通らないくらい大変な時もありました。かなりボロボロな状態になっていたかも(笑)。でも、この作品に出演したことで、いろいろなことを学ばせていただきました。実際に起きる出来事を事実として受け止めながらも、その事実の裏側には“真実”というものがある。事実と真実の違いをしっかりととらえることで、ネガティブだったものが未来につながるような、新たな自分を見出す原動力になることもあるんだと学びました。本作を観ていただければ、みなさんにもそれを感じてもらえると思います」

――本作には、いろいろなものを心に抱えた10人が登場します。完成した映画を観た感想は?

 「それぞれの感情が壊れるシーンが痛々しくありつつも、きっと誰もが共感するような、人には見せたくない内に秘めた一面を覗き見ることができる作品だと思いました。新たな自分を見つける、小さな光を感じられるような“救い”がある作品なのですが、あえて答えは出していない。僕は、映画は余韻を楽しむエンターテインメントだと思っているので、本作を観終わった後に何を感じるのか、日常生活に何か変化をもたらすのか、みなさんがどんな風に思ってくださるのかが楽しみです」

――海人のように、人生で逃げ出したくなるような経験をする人は少なくないと思います。そんな人に励ましの言葉を掛けるとしたら、どんな言葉がいいと思いますか?

 「自分の未来を作るのも壊すのも、結局は自分次第だけれど、本当につらい時は、無理に動こうとしなくてもいい。時間が解決しくれることもあるだろうし、動き出せるタイミングとの出会いを待ってみてもいいと思う。そんな言葉を掛けてあげたいですね。人に言われて無理に動くのではなく、自ら進む方法を考える時間は、絶対にマイナスにならないと思うんです。『ホテルコパン』には、登場人物を苦しめてきたものが、逆にその人を動かす光になる瞬間があって、僕はそれがすごく好きだったので、本作からも励ましを得られるんじゃないかな」

――なるほど。ありがとうございます! ところで、市原さんは俳優のお仕事を長く続けていらっしゃいますが、どんなことが原動力になっていますか?

 「実は、役者の仕事がすごく嫌いになった時期があったんです。内面的にも体力的にも非常に重圧が大きい職業だと感じて、その時期は部屋の隅っこで膝を抱えて、訳も分からず涙が止まらなくなったりして。誰かに相談しようと思っても、気持ちを理解してもらえる人はいないと勝手に決めつけてしまっていました。そんな時に光をくださったのは、技術スタッフや、監督をはじめとする現場の方々でした。彼らの背中を見て、自分らしくいられる場所は、やっぱり現場しかないんだと気付いたんです。彼らと一緒に素敵な作品をたくさん作って、大勢のみなさんに観ていただいて、たくさんの感情をプレゼントできることは素晴らしいことなんだと。

 作品を観た方たちから、『市原さんを見ると笑顔になれるんです』とか、『ずっと親子で会話がなかったけど、市原さんの出演作がきっかけで、また会話をするようになりました』という手紙をいただくことがあり、本当にありがたくて、今度は嬉し涙が止まらなくなって(笑)。それからは、僕は一生この仕事に携わっていきたいと思うようになりました」

――誰かに支えられていることに気付き、市原さんご自身も誰かの支えになっていることを実感されたのですね。すごく素敵なことですね! 今後はどんなことに挑戦してみたいと思いますか?

 「そうですね、役者として枠を決めずに、いろいろなことに挑戦していきたいです。常にフラットな人間でいたいと思います。40歳、60歳、80歳になっても、人間は未完成なものだと思っているので、1年1年成長していって、新たな自分を発見していけたらいいなと思います」

文/清水久美子、撮影/小野さやか

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