落ちこんでいるときに元気がもらえたり、新しい視点が得られたり……ときには、人生が変わるほどの大きな力を持つ「本」。広告代理店のクリエイティブプロデューサーとして数多くの「人の心を動かす言葉」を生み出してきたひきたよしあきさんによる『あなたを変える「魔法の本棚」』連載では、読むたびに自分の個性や知性が磨かれ、人生が前向きに変わっていくことを実感できる“特別な1冊”を厳選して紹介していきます。

◆今回のことば

「千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」

――「京都ぎらい」より

「京都ぎらい」(井上章一 朝日新書)

 若い頃、大阪で仕事をしていました。まだまだ牧歌的な時代で、仕事で京都に行った帰りに先輩が、「ひきた、焼きそばでも食わんか」と言いました。

 昼下がりでさほどお腹は空いてなかったのですが、先輩はタクシーを捕まえて渡月橋のあたりまで行くというのです。「勤務中だぞ・・・」と若かった私は思ったのですが、先輩は全くおかまいなし。屋台で売っているような焼きそばを二つ買ってもってきたのでした。

 桂川のほとりに腰かけて、渡月橋と嵐山を見ながら焼きそばを食べる。先輩は、じっと景色を眺め、時折そばを食い、そして、「京都で食べる焼きそばは、やっぱうまいなぁ」と言ったのでした。

 もう四半世紀も前のことですが、私の頭にはその時の印象が鮮明に残っています。1時間以上もかけて、絵画を眺めるかのようにして味わった京の景色と焼きそば。そのゆったりとした、ある種哲学的な時間で味わって初めて京都を観光したことになると学んだのです。