落ちこんでいるときに元気がもらえたり、新しい視点が得られたり……ときには、人生が変わるほどの大きな力を持つ「本」。広告代理店のクリエイティブプロデューサーとして数多くの「人の心を動かす言葉」を生み出してきたひきたよしあきさんによる『あなたを変える「魔法の本棚」』連載では、読むたびに自分の個性や知性が磨かれ、人生が前向きに変わっていくことを実感できる“特別な1冊”を厳選して紹介していきます。

五感に響く本作

『海の見える理髪店』(荻原浩 集英社)

 広告業界でよく使われる言葉に、「シズル(sizzle)」があります。

 肉がジュージュー焼けて肉汁がしたたり落ちている状態が本来の意味。そこから転じて、五感を刺激し「あぁ、食べたい」「使ってみたい!」という気持ちにさせる言葉や映像を指すようになりました。

 1枚のポスター、15秒の映像で勝負する広告マンにとって、シズルは命。「論理よりもシズル」「シノゴノ言わずに、五感を煽れ!」と先輩たちに叩かれて私たちはことばを磨いてきました。新聞記者や国語の先生とは全く違う言葉の生理を身につけてきたのです。

 荻原浩さんの「海の見える理髪店」を読んだとき、私は同族の匂いを感じました。広告マン独特の文体とシズル感があるのです。経歴を見るとやはりコピーライター出身。五感に響く小説を書くわけです。