落ちこんでいるときに元気がもらえたり、新しい視点が得られたり……ときには、人生が変わるほどの大きな力を持つ「本」。数多くの「人の心を動かす言葉」を生み出してきた博報堂クリエイティブプロデューサー・ひきたよしあきさんによる新連載。読むたびに自分の個性や知性が磨かれ、人生が前向きに変わっていくことを実感できる“特別な1冊”を厳選して紹介していきます。


 あなたと「魔法の本棚」を作ろうと思います。

 世間でいう名作や話題の本ではありません。
 童話もマンガもハウツー本も全部含めて、働くあなたの背筋を伸ばし、心を温め、向かい風の中を歩く勇気を与えてくれる本。

 実際に読まなくても、エッセンスが伝わるように私見も偏見も交えながら書いていくつもりです。
 いっしょに本の魔法にかかりましょう。

◆今回のことば

「自分では見えない自分が成長すること」

――「日々是好日」より

「日々是好日」(森下典子 著 新潮文庫)
「日々是好日」(森下典子 著 新潮文庫)

 お茶を習い始めました。

 不器用だとは思っていたけれど、ここまでひどいとは思わなかった。「袱紗さばき」の段階で、すでに出遅れています。

 頭ではわかっているのに、指がついてきません。しばらくやらないとすぐに忘れてしまうのです。

 思えばここ何年も、頭でばかり仕事をしてきて、体に何かを覚えさせることをしていません。

 ゆっくりと体にしみ込ませて覚えるなんて、スピードが優先されるビジネスの世界ではもう許されないのです。

 私たちは、お茶とは真逆の世界を生きています。

 個々の身体で覚えるよりも、情報の共有化が優先されます。わからないことがあれば何でも検索し、探せばいたるところにマニュアル本があります。時間はすべて数字で管理され、季節による変化などグローバルな社会では排除の対象です。

 そんな暮らしをしているだけに、一人の女性がお茶を学んでいく姿を描いた「日々是好日」の言葉にはっとさせられるのでしょう。何か大きな大切なものを失ってしまった気持ちになるのです。