他人と群れれば、心を麻痺させ、楽になれる

諸富:加えて今の社会では、たとえ表面的であっても、幅広い人間関係を維持し、日々に忙殺された方がかえって楽に生きられるという側面もあります。生きていれば、誰だって人生の節目ごとに様々な悩みが生じてくる。でも、飲み会やSNSなどで絶えず誰かとくっつき、スケジュールを埋め続けていれば、「自分の心を常に麻痺させること」が可能です。

 そうすれば、本来なら孤独の中で自分の心を深く見つめねば解決し得ない問題も先送りできる。「群れる」「つるむ」というのは日々の不安を打ち消す上でとても便利な道具なんです。

「群れる相手」「つるむ相手」の数が増えるほど、「自分にそれだけ価値がある」という根拠なき自信を持てるようにもなる。

——でも、そんなことをしていては、人間としてなかなか成長できないのではないかと思うのですが。

諸富:もちろんできません。それどころか、周囲と過剰に同調しようとすることで精神的に追い詰められてしまう人もいます。

——先生の著書『孤独であるためのレッスン』(NHKブックス)に、まさにそんな状況に陥った女子中学生が出てきます。「周囲の友達に合わせるのが大変で、それでもグッと我慢して自分を抑え、楽しくもない会話に楽しいふりをして、へらへら笑って付き合ってきた……これ以上我慢していると、自分でも自分のことがわけわかんなくなって、友達のこと、刺してしまいそう」——。こんな深刻なケースが本当に増えているんですか。

諸富:増えています。特に今の子供たちは、スマートフォンやSNSなど、ネットの発達で一段と同調圧力に追い込まれている。有名になった「メールを3分以内に返信しなければアウト」をはじめ、所属する集団の“掟”にわずかでも背けば、たちまち仲間外れにされてしまう。いわゆる「友だち地獄」です。

——社会人は、そこまではひどい状況にはなってないですよね。

諸富:いやいや、根本的な状況はさほど変わらないのではないでしょうか。中学生に比べれば成熟していますから殺意に向かう人はいないでしょうが、大人は、逆に自分を押し殺そうとする。会社員の間で“心の病”が流行しているのは、労働強化だけではないと思います。

——「自分の気持ちが特に欲してもいないのに無理やりに友達を作ろうとするのは、体に悪い」というわけですか。

諸富:それだけではありません。「群れること」の弊害はまだまだあります。自分が何をどう感じていて、何を欲しているのか分からなくなることです。

 こういう人は人生の節目節目、特にレールから外れた時に、なかなか立ち直ることができません。そんな「自分を持たない人間」が、とりわけ定年を迎えると大変なことになります。

——このまま高齢化社会が深刻になれば、自分を見失った高齢者があふれかねない、と。

諸富:一方で、一人の時間をしっかり持っている人は、自分と向き合い、深い部分で自分が本当はどう生きたいのかよく考えていることが多いから、どんな時も心のバランスを維持することが可能です。

 その意味では、冒頭で出てきた「いつの間にか孤独を選んでいた人たち」は、実は自分の心がそうなることを欲して、無意識のうちに人間関係を整理してきたとも考えられます。

 人生の重大な局面を迎えて、もっと自分を知りたい、この後どう生きていくべきか考えたい。そんな深層意識があって一人の時間を確保することを自分で選んできたとも言えると思います。