こんにちは。ライターの大宮です。ここは目黒駅前のカントリー風のカフェ。九州から単身上京して来て、フリーランスのグラフィックデザイナーをしながら一人で小学生の息子二人を育てている西川佳恵さん(仮名、42歳)と会っています。前回は、父親に反対されながらもデザイン関連の短大に入ってなんとか卒業して上京のチャンスをつかむまでの話を聞きました。

目黒駅前のカフェで佳恵さんとランチしながら話を聞いています。おいしいです!

 いろいろ失敗をしながらも、「自分がやりたい仕事で生活していく」道をあきらめず、人生を自力で切り拓いて来た佳恵さん。僕も同じく出版業界でフリーランサーをしていますが、東京圏で生まれ育って父親も同じく出版業界で長年働いて来たので、何かと楽をして来ちゃったな、と佳恵さんの苦労話を聞いて感じています。ハングリー精神がまったく違うのです。今さら反省しても遅いかもしれませんが、佳恵さんの自助努力を少しは見習おうと思います。

 「東京に出て来てしばらくは本当に大変でした。人が冷たいので驚きましたね。大きな駅の構内で迷って駅員さんに道を聞いても、『あの表示板に書いてあるでしょ』なんて言われるだけ。田舎者にはそれじゃわからない! 田舎はみんな親切ですよ。目的地まで連れて行ってくれます。東京で同じように親切にしたら、男の人に変な勘違いをされてしまったこともあります。当時は、仕事場でもアシスタント。どこにも自分の居場所がありません。毎晩、九州の友だちに泣きながら電話をしていました」

 友だちは「いつでも戻っておいでよ」と優しく言ってくれましたが、くじけそうになるたびに佳恵さんは父親を思い出します。離婚した後、男手ひとつで佳恵さんたちきょうだいを育ててくれた父親。短大進学にも上京にも大反対でした。いま帰ったら「結局、何もできなかっただろう」と言われるだけだと思うと、負けん気の強い佳恵さんは引き下がることはできませんでした。必死でアルバイトをやって卒業した短大にかけたお金と時間を無駄にしたくないという思いもありました。