津軽藩士の命を救ったコーヒー

コーヒーはカラダに悪いという前提で研究が始まったのに、出てきた結果は逆だったのですね。科学の進歩で従来の常識が逆転することはありますが、コーヒーはその典型ですね。

岡さん もっと以前は、コーヒーは「くすり」として扱われてきたのですよ。コーヒーが9世紀から10世紀ごろ アフリカ・エチオピアからアラビア半島にわたってきたとき、イスラム教の僧院ではコーヒーを秘薬として珍重したのです。コーヒーを飲めば徹夜の修業にも耐えられるためです。

 日本にコーヒーが入ってきたのは江戸時代のことですが、コーヒーはビタミン不足による壊血病に効くという記録が日本にも残っています

稚内市の宗谷公園にあるコーヒー豆の碑(写真提供:稚内市)

 江戸時代末期の文化2年(1805年)。帝政ロシアは植民地を開発しようと、当時鎖国していた日本の蝦夷地(北海道)周辺にまでロシア船を出没させていて、これに対抗するため、江戸幕府は本州最北端の津軽藩士に宗谷岬の北方警備を命じました。ところが、苛酷な自然環境により一冬で100人中72人の越冬死者が出ました。ビタミン不足による壊血病が原因です。

 それから50年後の安政2年(1855年)には幕府は蘭学者の指導のもと、コーヒー豆を藩士に配給しました。その結果、一人の死者も出なかったのです。当時の記述には『和蘭コーヒー豆、寒気をふせぎ湿邪を払う。黒くなるまでよく煎り、細かくたらりとなるまでつき砕き二さじ程を麻の袋に入れ、熱い湯で番茶のような色にふり出し、土瓶に入れて置き冷めたようならよく温め、砂糖を入れて用いるべし』と記されています。

この人に聞きました
岡 希太郎
岡 希太郎さん
東京薬科大学名誉教授
1941年、東京都生まれ。日本コーヒー文化学会常任理事サイエンス委員長。東京薬科大学卒業。東京大学薬学博士。 スタンフォード大学医学部留学。コーヒーの薬理作用について研究。著書に、『毎日コーヒーを飲みなさい。』(集英社)、マンガ『珈琲1杯の元気』(医薬経済社)などがある。

日経Gooday「“からだに悪いコーヒー”が“飲むべきくすり”に!」を転載

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