仕事でもプライベートでも、発信力を高めることができれば、やりたいことができる環境が整う時代。せっかくの実力が発信力の弱さで埋もれぬよう、さまざまな実例をあげ、女性らしくしなやかに自己主張ができるようになる手法を、プレゼンノウハウに詳しい池田千恵さんが指南していく連載です。

「犯人」が見つかっても、悲しい現実が覆されるわけではない

(C)PIXTA

 最近世間を賑わすゴシップ記事は、「犯人探し」をみんなでして、つるし上げることで溜飲をさげる、ということを繰り返し、いつもぎすぎすしているような気がしています。ゴシップ記事に限らずとも、私たちはつい、失敗したときに「もとはと言えばあいつのせいだ」と犯人捜しをしてしまいます。大変な思いをしたとき、その元凶をたどって、怒りの矛先をそちらに向けたいという気持ちもわからないでもありません。でも、その人を責めたててつるしあげたとしても、今、そうなってしまった現実が変わるわけではないのです。

 だとすれば、今行動して変わることに焦点を当てて、視点を変えてみてはいかがでしょうか。例えば、「あいつのせいだ」と思ってしまう不幸な出来事に目を向ける前に「今、こうやってやれているのはだれのお陰かな?」と、今ある幸せな現状の「もと」をたどってみるのです。

 うまくいかない現実や、身に覚えのない中傷、不条理だと思う出来事など、自分にとって不快な出来事が起きた時、「もとはと言えば」と恨む気持ちで失敗の原因を分析しがちですが、実は、うまく行っているときこそ、今自分が置かれている環境を「もとはと言えば」で具体的に振り返ると、心穏やかに、謙虚になれる気がしています。

 つまり、溜飲を下げるために使われがちな「もとはと言えば」という言葉ですが、実は、いい出来事があったときにも使えます。むしろ、いい出来事があったときこそ使えるのです

 私がそう思うようになったきっかけは、6年ほど前のとある出来事でした。