日本の貢献で蘇った15体のモアイ像

 絶海の孤島、イースター島にたたずむ謎に包まれたモアイ像。この像は、意外にも日本と深い関わりがある。きっかけは、1988年。イースター島知事が日本のテレビ番組に出演し、訴えたのである。「倒れたモアイをもういちど立たせたい。そのためのクレーンがあれば......」。

 名乗りを上げたのが、日本の大手クレーン会社のタダノだった。4年後、タダノを中心に考古学者や建設会社、学術調査員や修復作業員などからなる「モアイ修復委員会」が発足。チリ側の考古学者と協議し、ラノ・ララク火山付近のトンガリキで倒れる15体のモアイ像を修復対象に選んだ。タダノが計上した費用は、約1億8000万円。

牽引の途中で放棄されたと思われる像も、いたるところで見られる。
牽引の途中で放棄されたと思われる像も、いたるところで見られる。

 モアイ像は、わずかな衝撃でも壊れてしまうほど風化していた。そのため日本で何度もシミュレーションを重ねた末、1992年9月、最大吊り上げ能力50トンのクレーン車が島に上陸した。

イースター島の周囲は浅瀬のうえに港湾施設がなく、通常の貨物船ではクレーンの陸揚げが不可能だった。そこでチリ海軍の協力を得て上陸した。
イースター島の周囲は浅瀬のうえに港湾施設がなく、通常の貨物船ではクレーンの陸揚げが不可能だった。そこでチリ海軍の協力を得て上陸した。

 高さ5.8m、重さ41トンの最初のモアイ像が持ち上げられ、無事にアフの上に安置されたのは、翌年の8月。それからさらに2年の歳月をかけ、1995年5月、15体すべてのモアイ像が往時の姿を取り戻した。クレーンはそのまま島に寄贈され、学校建設などに役立ったという。

タダノを中心とする日本の修復チームによって蘇った、トンガリキの15体のモアイ像。
タダノを中心とする日本の修復チームによって蘇った、トンガリキの15体のモアイ像。

 近代的な重機を用いた大掛かりな修復によって、ずらり並んだ15体のモアイ像。裏を返せば、たいした道具もなくこれらの像を数百体も築いた人々が、いかに高度な文明を持っていたのかを物語っている。

夕日を浴びてシルエットになるモアイ像。島の栄枯盛衰を見つめてきた彼らは、どこを見つめ、何を思うのか。
夕日を浴びてシルエットになるモアイ像。島の栄枯盛衰を見つめてきた彼らは、どこを見つめ、何を思うのか。

(2015.09.07 JAGZYより転載)