知床を世界遺産に導いた動物たち

 知床の海に流氷が到来するのは、毎年2月から3月にかけて。この流氷は、あるものを“連れて”くる。それがアイス・アルジーと呼ばれる植物プランクトンだ。珪藻の仲間であるアイス・アルジーは、海水が凍結する際に氷の中に取り込まれたものである。

 春、流氷が溶けると、このアイス・アルジーがいっせいに海中に放たれ、光合成によって大増殖を始める。すると、それを食べる動物プランクトンやオキアミが増加。それを狙って小型の魚類や軟体動物が集まり、それらを海鳥類やクジラ類、トドやアザラシなどが狙う。さらにそれを、シャチなどが捕食する。

シャチは季節を問わず、知床近海に姿を現す。10頭前後の群れで活動することが多い。[写真:環境省ホームページ(http://www.env.go.jp/)]
シャチは季節を問わず、知床近海に姿を現す。10頭前後の群れで活動することが多い。[写真:環境省ホームページ(http://www.env.go.jp/)]

 サケ科魚類の稚魚は動物プランクトンを食べながら知床を“旅立ち”、広大な海洋を回遊。その後、卵を体内に蓄えて知床に“里帰り”し、川を遡上。そしてヒグマやシマフクロウの食糧となり、その栄養は糞として森林に運ばれていく。

知床の川の多くでは、8月からカラフトマス、9月からはサケが遡上する。これらの魚は海と陸の生態系を支える橋渡し役だ。[写真:環境省ホームページ(http://www.env.go.jp/)]
知床の川の多くでは、8月からカラフトマス、9月からはサケが遡上する。これらの魚は海と陸の生態系を支える橋渡し役だ。[写真:環境省ホームページ(http://www.env.go.jp/)]

 また、命尽きて海岸に漂着したクジラやイルカは、ヒグマやオオワシ、キタキツネや昆虫の餌となり、食べ残された死体は土に還り、森を豊かにする。

 目に見えない微生物から、体重400kgにもなる巨大なヒグマに至る、壮大な食物連鎖。そのうえ、地理的には温帯域に位置する知床では、北方系と南方系の動植物が共存している。このように海・川・陸を結んで豊かな生態系が保たれている地域は世界的にも珍しく、知床が世界遺産に登録された大きな理由となった。

クリオネの名で知られるハダカカメガイも、流氷の訪れとともに知床近海に姿を見せる。[写真:知床斜里町観光協会]
クリオネの名で知られるハダカカメガイも、流氷の訪れとともに知床近海に姿を見せる。[写真:知床斜里町観光協会]

 また知床は、絶滅が危惧される生物種の貴重な生息地でもある。世界にわずか200余羽しか生息しないシマフクロウは、北海道に約120羽、知床に30~40羽が生息。世界で5000羽前後のオオワシも、約2000羽が知床周辺で越冬する。

オオワシは、翼を広げると2.4mにも達する日本最大の猛禽類。毎年10~11月に知床に訪れ越冬する。[写真:知床斜里町観光協会]
オオワシは、翼を広げると2.4mにも達する日本最大の猛禽類。毎年10~11月に知床に訪れ越冬する。[写真:知床斜里町観光協会]