“恋バナ収集ユニット”桃山商事の清田代表と森田専務が、恋愛の悩みに効く1冊を紹介していく新感覚のブックガイド!『桃山商事の「恋愛ビブリオセラピー」

今回のお悩み
・パートナーはいるが、一緒にいても楽しいことより辛いことの方が多い。
・がんばって恋人を探しているが、何を基準に選んでいいかよくわからなくなってきた。
・今の恋人と結婚しようかどうしようか悩んでいるが、「決め手」に欠けるように思える。
そんな悩みに効く1冊
『幻の朱い実(上・下巻)』
(著=石井桃子/岩波書店)

『幻の朱い実』はどのような本か?

■“濃密すぎる”友情物語

 みなさんこんにちは。桃山商事の森田です。2015年も残すところわずかとなり、この連載も年内最後の更新です。そこで今回は、年末年始にじっくり読める長編小説をご紹介します。

 この連載は「恋愛に関係ないけど、恋愛にむっちゃ役立つ本」をレビューするというコンセプトですので、今回取り上げる『幻の朱い実』も恋愛小説ではありません。しかし、そこには恋愛するうえでも大切なことが丁寧に描き出されています。

 まずは簡単にその内容を紹介しましょう。この小説は、「クマのプーさん」「ピーターラビット」「うさこちゃん」シリーズの翻訳や、「ノンちゃん雲に乗る」などの創作で知られる児童文学作家・石井桃子さんによる、半自伝的な本格小説です。

 物語の舞台は、第二次世界大戦前夜にあたる1930年代なかごろの東京。著者自身がモデルとなっている、堅実な性格の主人公・明子と、「美人で、いくにんかの小説家に恋され、それこそケンランたる青春時代」を過ごした、奔放な性格の蕗子(ふきこ)との友人関係がこの小説の軸になります。ただし、文庫版でおよそ800ページに渡って描かれる二人の関係は、“友人関係”の一言であっさり片付けるのがためらわれるほど濃密です。

 蕗子は当時不治の病だった結核を患っており、また、物書きを目指して定職に就いていないこともあり、楽ではない生活を送っています。そんな彼女のことを明子は物心両面で支え、蕗子もまた明子に遠慮なく(ときにわがままに見えるほど)頼ります。

 明子の惜しみなさや愛情は、例えば、ある事件に巻き込まれて心身ともに弱っている蕗子の家に、2人の好物「ビフテキ」を持参して食べ終えた後の、次のような小さな心の動きに現れているように思います。

「『おいしかった!』という感じが、まだ蕗子の舌に残っているうちに、ベッドに送り込みたかった。」(本書,上巻p.132より)

 何気ない一文ですが、蕗子を大事にする明子の気持ちが伝わってきます。

■名訳『クマのプーさん』誕生秘話

 物語中盤では、結核が悪化した蕗子のために、明子は洋書の「愛すべき幼い動物たちの『お話』」を翻訳し、朗読して聞かせます。病床の蕗子にとって「鎮静剤」になったこの「お話」こそが、翻訳家・石井桃子の初めての仕事にして代表作でもある、 A.A.ミルン作の『クマのプーさん』です。『お話』をめぐる明子と蕗子のやりとりは、発行後70年以上経つ今でも読み継がれているこの不朽の名訳に響く、基底音と言えるのです。

『クマのプーさん』
(著=A.A.ミルン、訳=石井桃子/岩波書店)