CMでは、「自分の望み通りの道を歩める者もいれば、そうでない者もいる」「進路はときに不平等な現実を突きつけてくる」とのナレーションが流れ、CM炎上後にCMの意図を取材されたAGFの広報は、「高い目標にチャレンジする主人公の『努力』と『達成感』が強調されるよう留意しました」と回答した。

 確かに、望み通りの人生を歩けるわけじゃないし、不平等な現実を突きつけられることもあるかもしれない。だが、誰もが「自分らしくいたい」と願い、多かれ少なかれ努力している。他人からは、努力していないように見えるかもしれない。努力が足りないと思われるかもしれない。

 でも、それこそが勝手なイメージなんじゃないのだろうか?

 ヤンチャな少年が“特別な存在になるため”に、人知れず努力しているかもしれないし、個性なき少年が“人気もの”になるために、必死に努力しているかもしれないのだ。

 そして、そんな“思い”を他者にわかってもらえたとき、少しだけホッとできる。受け止めてもらえたとき、「がんばろう」とちょっとだけ前向きになれる。

 AGFがもっとも留意すべきは、「他者に寄り添う気持ち」だった。 “牛”の気持ちにはなれないかもしれないけど、せっかく牛を擬人化したのだから、寄り添う気持ちくらいは持てたはずだ。

 その気持ちさえあれば、CMコンテストで発想性や映像テクニックが評価されたように、多くの人たちに評価されたのではあるまいか。

 ん? 何? AGFはただ「自分たちの製品で使っている牛乳のすばらしさ、自分たちの製品にかける思い」を伝えたかった“だけ”だって?

 ふむ、なるほど。
 ならば、私たちもを気をつけなきゃ。憎悪、嫉妬、怒りは、自然にわく感情だが、「人を思いやる気持ち」は努力しなきゃ持てませんから……。

プロフィール
河合薫
河合 薫
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士
1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。

文/河合薫、写真/Graphs(PIXTA)