「マタハラの陰に女性上司あり!」
 「隠れ犯人は女性上司だった!」

 などなど、調査結果が発表された翌日、女性上司が悪者といわんばかりの見出しがあちらこちらに躍りました。

 そうです。厚労省の調査で、「誰からマタハラをされたか?」という問いに、

 ・直属の男性上司 19.1%、
 ・直属の女性上司 11.1%、
 ・同僚・部下の女性 9.5%
 ・同僚・部下の男性 5.4%

 という結果が出たからです。

 マタハラ上司=男性 というイメージが、この結果で一転した。

 「ほらね、男性ばかりが批判されるけど、女性も結構なもんじゃないか。やっぱりさ~、女の敵は女っていうけど、女は恐いね~」

 そんな空気が、一気に広まったのです。

 さらに、マタハラの内容のトップが、「迷惑」とか「辞めたら?」などのことばによる嫌がらせがだったこと(47.3%)も、「女性上司=悪」という構図に拍車をかけました。

 「女って、陰湿だからな」
 「女って、男だったら絶対にいえないこと、平気で言うもんな」
 と。

 私は「マタハラの陰に女性上司あり!」という見出しを見た時、とても残念な気持ちになりました。「結局、そうなってしまうのか」と。そこで思い出したが、冒頭の「女はめんどくさい」発言です。

 件の部長さんは、「女性部下をやたらと押し付けられる」ことに憤っていただけではありません。

 「本当に、出産や育児で抜けた穴を、埋めるだけで大変なんです。たまりませんよね。上には、『これ以上女性を送り込むのはやめてくれ』と直訴したい気持ちは山々です。でも、そんなこと絶対に言えません。口が裂けたって言えない。そんなことした途端、女性登用に吹き始めた追い風が、逆風になる。

 同期の女性、後輩の女性たち、これまで何人も辞めていきました。気がついたら、私だけで。管理職になってやるとか、出世してやるなんてこと考えたこともないのに、振り返ると仕事中心の人生を送っていました。若い女性たちを応援したい気持ちはものすごくあるんです。なのに、女性部下をめんどくさい、だなんて。私が女性部下たちのガラスの天井になっているような気がしてイヤになります」

 彼女は女性部下をめんどくさい、と思ってしまう自分を、責めていました。

 ホントは応援したい。同期たちのように出産を機に辞めなくていい職場にしたい。でも、どうすることもできない自分に苦悩していたのです。

 おそらく、私に話すことで、少しだけ楽になりたかった。うん、ちょっとだけ聞いてほしかった。そんな気持ちだったんじゃないでしょうか。

 “マタハラ”とされる言動をとってしまった女性上司の中には、件の女性部長と同じように、男性上司たちに都合よく押し付けられ、孤軍奮闘している人も多いと思うんです。

 もちろんだからといって、“マタハラ”もやむなし、と言っているわけではありません。

 でも、「女性上司をどう思うか?」とか、「女性上司との付き合い方」だとか、部下の目線で女性管理職や上司をとらえる話を目にすることあっても、女性部下を抱える女性管理職たちに、スポットが当てられることは滅多にありません。

 “マタハラ”にあった女性の声を聞くのと同時に、“マタハラ”をしてしまった女性にも、耳を傾けて欲しい。そうしない限り、問題は解決しません。

 ホントは、笑顔で送り出してあげたい。でも、それができない。「迷惑」「辞めたら?」とつい、ホントについ口走ってしまうこともあるのでないでしょうか。

 完璧な人間などいませんから。いつもいつも他人に優しくできるわけじゃないですから。

 “マタハラ”という言葉があまりに正し過ぎて、社会の問題が、個人の問題に矮小化されている。

 女性上司たちの“今”は、なおざりにされているのです。

次回(2015年12月21日)に続く

Profile
河合 薫
河合 薫
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士
1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。