居酒屋で無料の水道水を頼む客と店のトラブルが増えている。今回はまったく酒が飲めない下戸なのに酒場が大好きというIT企業役員から、目からウロコの話を聞いた。

 前回、居酒屋やダイニングバーで水(水道水)を飲み、アルコールドリンクもソフトドリンクも注文しない客と店のトラブル、いわば「酒場の水問題」について、個人経営の居酒屋に取材してリポートした。問題が顕著になったのは、主な原因は、庶民の可処分所得の低下とSNSをはじめとしたネットサービスの普及にあった。詳しくは、前回のコラムを読んでいただきたい。

 世の中には、酒がまったく飲めない下戸にもかかわらず、酒場をこよなく愛しているという人がいる。もちろん飲むのは、アルコールではない。ウーロン茶やジンジャーエールなどのソフトドリンクをお代わりしながら、肴(さかな)に舌鼓を打ち、酔客と語り、笑い、酒場の雰囲気を楽しむ。

 例えば、一杯300円のソフトドリンクでも5杯飲めば1500円。水道水を頼めば随分と安く上がるのだが、下戸の酒場好きは、そういうことをしない。

 なぜだろう? そう考えた時、下戸の酒場好きの話を聞けば、酒場の水問題を乗り越えるヒントがありそうだと思った。

「酒場を一番楽しめるのは下戸だと思うんですよね」

 実は、筆者の周りには、下戸だけど酒場が大好きという人が結構いる。早速、インタビューをお願いしたのはIT企業役員の高橋玄太さん。いつもウーロン茶の盃(さかずき)を重ねるうちに、まるで酔っているようになり酒場の雰囲気に溶け込む特技を持っている。

左がIT企業で役員を務める高橋玄太さん。手に持つのはウーロン茶の盃である。右は部下の社員、有沢さん
左がIT企業で役員を務める高橋玄太さん。手に持つのはウーロン茶の盃である。右は部下の社員、有沢さん

 高橋さんの会社は、スカイアーチネットワークスというサーバー管理会社で、最近各所で注目を浴びているクラウドサービスに力を入れている。社内には昔と比べて酒を飲まなくなったと言われる20代、30代の若い社員も多い。インタビューには、部下の20代女性社員の有沢さんを「社会勉強をさせるため」に連れてきた。

 場所は、世田谷の或(あ)る焼きとん屋。香ばしい煙がカウンターの内側に立ちこめ、酔客は、焼きとんを頬張り、酒を飲んでいる。ザ・飲み屋という印象だ。

 乾杯は、有沢さんは赤ワイン。高橋さんはウーロン茶。

 下戸の立場から語る高橋さんの話は、飲兵衛(のんべえ)の筆者には新鮮だった。

 「ぼくは体質的にアルコールがダメで、注射をする前の消毒用アルコールで、肌が真っ赤になり、匂いで酔いそうになる。もちろん奈良漬けも危険です」

 そんな高橋さんだが、学生時代にサークルの先輩に連れられて新宿ゴールデン街に入り浸り、就職した投資会社では、20代の頃から酒場好きの上司にあちこち連れて行かれ、そば屋を酒場に見立てる粋(いき)も学んだ。

 「日本人は、我々よりも上の世代は特に、飲まないと本音で話せないところがありますよね。だから酒場に同席することで、昼間、表面的に付き合っているときはわからない人の奥深さとか意外な一面を知ることができるんです。当たり前の話のようですが、ぼくは営業畑を歩んできたので、酒場に長くいることで、人の性格や癖を見抜く技術が身に付いたような気がします」

 次に高橋さんが発した言葉は衝撃的だった。

 「飲める人は酔っぱらっているから、案外、あまり周りの人間を観察したりできてないと思うことがあります。それに比べて、下戸の人間は素面(しらふ)で冷静ですから、酔っている人のことがよく見えるんです。あ、この人、実はこういう人だったのか? とか、いろいろ。酒場は、いろんな人種の宝庫でもありますし。だから、酒場を一番楽しめるのは下戸の客だと思うんですよね」

 酒場を一番楽しめるのは下戸。こんな視点は初めてだった。

 注文した料理が到着し始めた。焼きとん、ポテトサラダ、ガツ酢など、ザ・飲み屋のメニューばかり。それらをウーロン茶とマリアージュして楽しむ高橋さん。

 「アルコールに酔うだけが『酔う』じゃないんです。酒場で会った人、あーこの人いい人だなー、と、人柄に酔ったり。みんなが幸せそうに仕事の疲れを癒やしながら飲んでる雰囲気に酔ったり。有線放送から流れてくる昭和の歌のフレーズに感動して酔うこともありますよね」

 酒飲みは、酔う=酒に酔うと思いがちで、酔うということの多様性を見失いがちである。むしろ、高橋さんのような酒に酔えない下戸の酒場好きの方が、酒場の酔いの豊かさに気づく能力が高いように思える。