日本における国際結婚第一号となった人は、ハワイからやってきた

 オバサマに言われた通りに石段の中段、約180段目を目指して階段を上りはじめました。

 「もう半分くらいまで来たかな?」と思った時に、「えっ!?」と思う道標が目に留まります。

 【ハワイ王国公使別邸 260m】

 今しがた登ってきた方向を指した矢印とともに、さり気なく書かれていました。

 「ハワイ王国公使の別邸だって? 途中にそんなのあったっけ?」とブツブツ独り言を言いながら、導かれるように引き返しました。そしてほぼ最下段まで下りる手前に、【ハワイ王国公使別邸】という道標がありました。

 「なぜ、もっと早く気付かないのか!?」と自分へのいら立ちを感じながら向かうと、すぐ右手に昔ながらの日本家屋がありました。入り口には「ハワイ王国公使別邸」の文字が掲げられています。

 とてもハワイとは結び付きにくいその佇(たたず)まいは、江戸末期から第二次世界大戦前にかけての日本を象徴するような空気を漂わせています。

 まだハワイがアメリカの州ではなく「ハワイ王国」という独立国だった頃、日本では明治中期に当たりますが、ハワイから日本に公使(今で言う駐在員)を派遣していたそうです。その公使の別邸が、ここ伊香保にあったのです。

 その公使の名は、ロバート・ウォーカー・アルウィン。人種はハワイアンではなく白人さんです。100米ドル札にも肖像が描かれているベンジャミン・フランクリンの直系の子孫で、三井物産の相談役にもなった人物です。

 別邸を伊香保に建てた理由は、大臣も務めた実業家の井上馨のあっせんで伊香保を紹介されて、ここをとても気に入ったそうなのです。

 当時の伊香保の人たちは、その別邸を「アルウィンさんの別荘」と親しみを込めて呼んでいました。このことからも、伊香保の人たちと良き関係ができていたことが推察されます。

 そしてこのアルウィンさんは、日本人の奥さんをもらいました。これが、日本政府が認めた国際結婚の第一号だそうです。

 日本を大好きになったアルウィンさんは、ハワイには帰らず生涯日本で暮らします。毎年夏はここ伊香保で過ごしたそうですが、それほどにここが好きだったんですね。そうした経緯があって、伊香保がある群馬県渋川市はハワイ州ハワイ郡と姉妹都市になっています。

 なぜこの温泉街でハワイアンフェスが開催されているのか。アルウィンさんの別邸を見て、その意味が深く理解できたような気になってしまいました。

温泉街全体がフェス!

 アルウィンさんの別邸を後にして、また石段をひたすら登り、ハワイアンフェスのメイン会場へ向かいます。気がつくと、石段を登り下りしている人の半数は、フラダンスの格好をしている女性たちです。

石段を行くフラダンサーの女性たち
石段を行くフラダンサーの女性たち

 この独特な日本情緒を感じさせる温泉街と、堂々と闊歩(かっぽ)している艶やかな衣装を身にまとったフラダンサーたちとコントラストは、どこかのエンターテインメント施設のようです。

 悪気はないのですが、思わず吹いてしまいました。ただ、ハワイアンフェスによって伊香保の温泉街全体が盛り上がっていることは間違いありません。

 たまにカップルが通りかかるのですが、おそらくこの日がフェスであることを知らないで伊香保を訪れたのでしょう、異様な街の光景に戸惑っている様子でした。

 そう、このフェスに入場券などというものはありません。街中が会場になっているため、特別なチケットを買う必要はなく、観覧は無料なのです。

 メイン会場の他にも、冒頭にも登場した石段街特設ステージや、伊香保会館、その他街の数カ所で様々な催し物が開催されています。街全体が会場なので、無料の巡回バスも走っています。坂が苦手な人は、バスを使って周遊してくださいというわけです。

 石段街から少し外れたところに、街を見渡せる山頂へと直行する伊香保ロープウエイの駅があり、その横には市営の大駐車場があります。ここがメイン会場で、フェスのメインステージが設置されています。

 会場に近づくとハワイアンミュージックが大きくなってきます。会場に入って思わずびっくりさせられたのが、超満員の客席。「こんなにいるの?」思わず口に出てしまうほど。客席の半数以上が、艶やかな衣装のフラダンサーたちです。

 

会場の案内所にある出演者リストには、膨大な数のフラダンスチームの名前が書いてあります。スタッフに聞くと、4日間で550組、述べ6000人近いフラダンサーがこのフェスにエントリーして出演しているそうです。びっくり。

出演者リスト。膨大な数の名前が書かれている
出演者リスト。膨大な数の名前が書かれている

 フラダンスをたしなむ人は日本にどれだけいるのでしょうか。調べてみると、一説には100万人を超えるそうです。そんなに愛好家の人たちがいるとは。今やフラダンス教室は日本各地で開かれ、その愛好家人口も年々増加中と言われています。

 ハワイの伝統舞踊であるフラダンスの動きは、一見ゆったりした優美なものではありますが、正しい姿勢を心がけることで腹筋、背筋、下半身の筋肉が鍛えられるとのこと。なかなか良いエクササイズになるうえに年齢に関係なく楽しめるところが、女性たちの人気を集めている理由だそうです。

 しかし、せっかく練習して技術を磨いても、その成果を披露する場がなければやる気も維持しにくいというもの。そこでフラダンスの愛好家たちは、発表会を含めたコンペティション(競技会)に積極的に参加して、自らステージに登り主役になることを楽しんでいるのだそうです。

 つまりこのハワイアンフェスは、プロの演奏やダンスを観客として楽しむほかのフェスとは異なり、自分たちもステージに登り、演者になり、全国各地から集まった沢山のスクールの人たちと交流するという参加型イベントの場だったのです。

 また、このフェスは本場ハワイ島とも密接につながっています。世界最大のフラの祭典「メリーモナークフェスティバル」と連携して、本場のダンサーたちが来日してダンスを披露してくれます。メリーモナークフェスティバルは毎年春にハワイ島で一週間にわたって開催されており、フラダンス界における最高峰のイベントとも言われています。

 抽選会ではハワイ旅行がプレゼントされるそうで、日本国内で開催されているフラダンスのイベントの中でも特に人気が高いとのこと。さすが伊香保、ハワイの姉妹都市で開催されているだけのことはあります。

 さてこの伊香保ハワイアンフェスに来ると、朝から夜10時近くまで4日間毎日、温泉街にハワイアンミュージックが流れ続け、多くのフラダンサーたちが山間の街を歩く光景が見られます。やはり、ちょっと不思議な感覚です。

 日が沈む時刻に近づくと、ハワイからやってきたメリーモナークの推薦チームによるダンスが始まります。メイン会場のステージ前には本場のダンサーたちの踊りを見ようと沢山の人たちが集まってきます。その人数は席からあふれる人が出てくるほど。会場はフェス特有のすごい熱気に包まれてきます。

 「フラダンサーたちのフジロック」。その意味がやっとわかりました。