覗きシーンが随所に出てくる春画は、人々の妄想をかきたてる

――言われてみれば、春画の中には「覗きシーン」が随所に出てきますよね。彼氏が他の女と浮気しているのを、襖の陰から覗いているとか。

橋本:今の家屋というのは、窓や壁、天井で囲われた密室性の高い空間じゃないですか。ところが江戸時代って、襖障子と屏風と几帳みたいな、空間を完全密閉できない家屋だったわけです。そこに屏風一枚置かれたら、向こうで何が起きていようが「何もないことにする」という、マナーというかお約束で社会が成り立っていました。実際は声も聞こえてくるし、下手したら何か見えちゃったりしているのに(笑)。

 ところが、その結界/禁忌をバーンと侵して覗いちゃうのが「春画」。現実世界ではそんなことできないけど、「春画」ならできるっていう。

歌川豊国「絵本開中鏡」
歌川豊国「絵本開中鏡」
浴室での男女の様子を描写した作品。

――人々の妄想を叶えてくれているわけですね。

橋本:やっちゃいけないことだからこそ、燃える/萌えるっていう面はあったでしょうね(笑)。

――そういう江戸時代の文化や風習、風俗などを知っていればいるほど、春画もきっと楽しめるでしょうね。

橋本:そう思いますね。例えば、絵に描かれているインテリアや小物を見れば、当時の人はシチュエーションが分かるわけですよ。

 「これは出会い茶屋(今でいうラブホテル)だな」とか。着ているものや髪型から推測して「これは普通の長屋で行われている夫婦の営みだな」とか、「あ、これは未亡人とお小姓さんが逢引しているんだな」とか(笑)。

磯田湖龍斎「風流十二季の栄花」
磯田湖龍斎「風流十二季の栄花」
屋外での営みを描写した作品。

――「シチュエーション萌え」ですね(笑)。あと、春画を観ていて思うのは、体位やプレイの内容も含めて、今も昔もさほど大差ないのだなということでした。

橋本:そうなんですよね(笑)。人間の妄想のバリエーションなんて、大して変わらないんだなっていうのは思いますね。

――むしろ、女性も「行為」を「楽しんでいる」作品がとても多くて。昨今のポルノによくあるような、男性による一方的な性欲の対象物とされているものとは根本的に違うからこそ、女性も春画を観て不快に思わないのではないかと。

橋本:確かにそうですね。もちろん、吉原遊郭などで女性が性的に搾取されていた事実はありますが、一般の女性たちがそこまで男性と支配・被支配の関係にあったわけではないと思います。

 「お家大事」や「封建制度」の建前として、社会的には今より女性が不自由な立場にあったのは確かですが、一旦そういうものが御破算になる「性」の世界においては、そこまで女性が支配されるだけ、受身だけの立場ではなかったと私も思います。女性から男性をナンパするシーンも描かれていますからね(笑)。

――コミカルな要素も強いですしね。むしろ、これまで春画がタブー視されてきたことの方が不思議に思えてきます。

橋本:やはり明治時代に一度、こういうものが「日本の恥」とされ、幕府によって売り買いが禁止されたのが大きいでしょうね。

 近代国家として欧米に伍していく上で、こういう旧弊な風俗は一掃しなければという気運が高まり、さらに欧米のキリスト教の観念も入ってきて、過剰適応してしまったのだと思います。「あ、やっぱりダメなんだ、やめようやめよう!」というような状況だったのはないでしょうか。