伝統ある祭りと花火に、地元舞台のアニメが火を付けた

 もともと秩父地方は長瀞ライン下り、羊山(ひつじやま)公園の芝桜、34カ所ある秩父札所巡り、秩父夜祭(ちちぶよまつり)など、豊富な観光スポットを擁する地域である。

 特に「秩父夜祭」として親しまれている秩父神社の「例大祭(れいたいさい)」は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに日本三大曳山祭(ひきやままつり)と呼ばれている。豪華絢爛(ごうかけんらん)な2台の笠鉾(かさぼこ)と4台の屋台(やたい)は、国の重要民族文化財にも指定され、壮大な曳きまわしが見られる。

 毎年祭典日は12月2日(宵宮:よいみや)、そして12月3日がメインの大祭となる。羊山公園から打ち上がる約7000発の打ち上げ花火が、祭りをさらに盛り上げる。夏の花火もいいが、空気が澄んだ冬の空に打ちあがる無数の花火は圧巻だ。

日本三大曳山祭の1つに数えられる「秩父夜祭」は毎年約20万人以上の観光客で賑わう。冬の空に打ち上がる花火が見所である(写真提供:秩父観光協会)
日本三大曳山祭の1つに数えられる「秩父夜祭」は毎年約20万人以上の観光客で賑わう。冬の空に打ち上がる花火が見所である(写真提供:秩父観光協会)

 そして、秩父に新しい観光客を呼び込んだ「あの花」も、「『あの花』スターマイン」という花火として秩父の夜空を飾った。

 「あの花」とは、2011年からフジテレビの深夜に放送された「あの日見た花の名前を僕達は知らない。」というアニメである。2013年には劇場版が公開され、今年は実写版がドラマで放送されるなど大ヒットした。その舞台となったのが秩父だ。

 アニメが放送されると「聖地巡礼」と称して、秩父を訪れるアニメファンが急増した。ひょんなことからアニメの聖地になった秩父。これまでは川下りや登山、芝桜の鑑賞など、どちらかと言えばアウトドアな人向けの観光地だったが、一気に「文化系」の空気が流れてきた。

 これまでと違う観光客層、「アニおた(アニメおたく)」が突然訪れても秩父を楽しめるのか。しかし、アニおたが落胆することはなかった。地元自治体と鉄道会社の努力のたまものである。

 駅や観光案内所にはアニメに登場する場所を記した聖地巡礼マップ「めんまのおねがいさがしinちちぶ舞台探訪」(筆者注:「めんま」は登場キャラクターの名前)が配された。さらには西武鉄道などの鉄道会社と自治体が協力し、ラッピング列車、ノベルティの配布、アニメ声優を招いてのイベントなど、アニメの世界を体感できる企画が複数用意されたのだ。駅の土産物店にはアニメのキャラクターを使った土産品が並べられた。放送が終わってもこのような取り組みが続いている。

聖地巡礼マップ「めんまのおねがいさがしinちちぶ舞台探訪」のイメージ(引用元:西武鉄道プレスリリース、© ANOHANA PROJECT)
聖地巡礼マップ「めんまのおねがいさがしinちちぶ舞台探訪」のイメージ(引用元:西武鉄道プレスリリース、© ANOHANA PROJECT)

 秩父市下吉田にある椋(むく)神社で行われる「龍勢祭り(りゅうせいまつり)」では、アニメとコラボレーションしたロケットが打ち上げられ、ファンを喜ばせた。

 龍勢祭りは、龍勢と呼ばれる手作りの小型ロケット花火が、25メートル程度の櫓(やぐら)から爆音とともに発射し、300~500mまで達すると仕掛けられたパラシュートやカラフルな煙幕が爆発と共に上空に広がる、日本でもここでしか見ることができないダイナミックな祭りだ。

 ロケットの打ち上げは、「あの花」の物語の行方を左右する、最も重要な場面だ。画面では感じることができなかった音、光、温度、匂いが加われば、フィクションだった打ち上げシーンはたちまちリアルなシーンとなり、登場人物との一体感が味わえる。ファンにはたまらない祭りだろう。

矢倉から爆音とともに上空へ発射される龍勢(ロケット)。龍勢(ロケット)は数十分ごとに約30本以上打ち上げられる(写真提供:秩父観光協会)
矢倉から爆音とともに上空へ発射される龍勢(ロケット)。龍勢(ロケット)は数十分ごとに約30本以上打ち上げられる(写真提供:秩父観光協会)

 「あの花」は、幼いころに事故死した「めんま」こと芽衣子が突然、幼なじみの前に現れるというファンタジー色の強い物語である。秩父を訪れるアニおたたちが後を絶たない理由は、物語をリアルに体感できる仕掛けが秩父の随所に存在しているからかもしれない。

森林豊かな土地に由来する「秩父のソウルフード」を味わう

 秩父には食関係のスポットも数多くある。秩父に惚れた筆者としては、もし秩父に来たらぜひ食してほしい食べ物がある。そのひとつが「味噌(みそ)ポテト」。埼玉B級グルメ王決定戦で優勝したこともある、秩父市民のソウルフードだ。

 作り方はとても簡単。一口サイズに切ったジャガイモに小麦粉を溶いた衣(ころも)をくぐらせ、180度の油で揚げ、甘辛い味噌だれを付けて食べる。シンプルだが、おやつにもビールのつまみにもピッタリの一品である。

 さっくりと揚がった衣、ホクホクしたじゃがいもの食感と甘さに、味噌だれが不思議なほど合う。味噌だれは各家庭の味があり、母から子へと受け継がれている。秩父には欠かせないご当地食なのだ。

秩父のソウルフード「味噌ポテト」。秩父市内の飲食店ではほぼ置いてあるので、好きな味を探してみるのも旅の面白さだ。画像は筆者の秩父在住の知人が撮影。地元スーパーマーケットのヤオヨシで販売されていたもの。好みで分かれるところだが、ヤオヨシの味噌ポテトは「濃い目の味が好きな人にはお勧め」だそうだ。ちなみに秩父でスーパーと言ってだいたい秩父の皆さんが十中八九思い浮かべるのはヤオヨシである
秩父のソウルフード「味噌ポテト」。秩父市内の飲食店ではほぼ置いてあるので、好きな味を探してみるのも旅の面白さだ。画像は筆者の秩父在住の知人が撮影。地元スーパーマーケットのヤオヨシで販売されていたもの。好みで分かれるところだが、ヤオヨシの味噌ポテトは「濃い目の味が好きな人にはお勧め」だそうだ。ちなみに秩父でスーパーと言ってだいたい秩父の皆さんが十中八九思い浮かべるのはヤオヨシである

 味噌を使った豚味噌丼も食べてほしい一品だ。味噌漬けにされた豚肉を焼き、ご飯の上に載せて食べる。こちらも味噌ポテトに通じるシンプルさだが、豚肉のジューシーな肉汁と香ばしく焼かれた味噌の香りが、食欲を刺激する。

 『豚みそ丼本舗 お食事処 野さか』は、メニューは「豚みそ丼」のみという平日でも行列が絶えない秩父の名店である。普通に考えると「みそ豚」と呼びそうだが、そうではなく「豚みそ」と呼ぶところがポイントだ。

 秩父産の豚と味噌を使用し、炭火で焼きあげるこだわり豚みそ丼。余分な脂が落ち、少し焦げ目のついた豚みそは、白いご飯にとても合う。肉のうまさは脂にあり。はしが止まらぬ組み合わせに、おなかも満足するはずだ。

 味噌や豚が名物になった理由については諸説あるが、一番の理由としてよく挙がるのが肉の保存である。秩父は森林が多く、食の運搬に時間がかかることから、食料の保存にさまざまな工夫が施されていた。その保存方法が味噌漬け。養豚業も盛んだったため、豚肉を使った味噌漬けが秩父の名産となっていったと考えられている。

「野さか」の豚みそ丼。筆者が食する前に、手持ちの携帯電話で撮影した。ご飯が見えないぐらいに盛られた豚みそ。豚みそのタレがしみ込んだご飯は最後の一粒まで美味しい。もちろん筆者は最後の一粒まで平らげた
「野さか」の豚みそ丼。筆者が食する前に、手持ちの携帯電話で撮影した。ご飯が見えないぐらいに盛られた豚みそ。豚みそのタレがしみ込んだご飯は最後の一粒まで美味しい。もちろん筆者は最後の一粒まで平らげた

かき氷ブームの火付け役は秩父にあり

 アツアツでいい塩加減の豚味噌丼とは正反対に、冷え冷えで自然な甘さを楽しめる行列店もある。かき氷ブームの火付け役でもあるお店「阿左美冷蔵(あさみれいぞう)」の天然かき氷だ。

 通常、かき氷は冷凍庫で凍らせた氷を使うが、阿左美冷蔵のかき氷は、冬の寒さで凍った氷を使用する。時間をかけて凍った天然の氷は、透明で不純物がなく、ふわふわなかき氷に仕上がるという。

 天然なので当然手間がかかる。作り手も数えるほどしかいないため、天然かき氷は貴重なかき氷といえる。

 この氷を味わおうと、夏の最盛期には、2時間から3時間待ちの客も出るほどの人気ぶり。自家製のフルーツシロップや和三盆を煮詰めた秘伝の蜜など、天然氷の味を壊さない優しい味わいの天然かき氷は、シーズンを過ぎても食べてみたくなる一品である。

 駐車場も広く車が便利だが、秩父本線の上長瀞(かみながとろ)駅から徒歩約3分と駅チカなので、電車でも行ける。ただし、行き交う電車は1時間に2~3本、冷房ではなく扇風機の車両もあるので、乗るときは時刻表や冷房車両の位置を確認してからの乗車をお勧めする。スイカやパスモなどの鉄道系ICカードも利用できないのでご注意を。

 そんな不便さを乗り越えて食べるかき氷には、天然であること以上の価値を感じるはずだ。

高さ20~30cmある阿左美冷蔵の天然かき氷。冷たいものを食べるとしばしば頭がキーンとなるが、ここのかき氷は急いで食べてもキーンとなりにくい
高さ20~30cmある阿左美冷蔵の天然かき氷。冷たいものを食べるとしばしば頭がキーンとなるが、ここのかき氷は急いで食べてもキーンとなりにくい