資金調達に駆け回る私と松原。最初から出資に乗り気だった大手ベンチャーキャピタルの早川と瀬川に期待をかけるが……
※【第11話】「2度目の資金調達」
東京タワーを一緒に眺めたあの日は、まだどこかで初回の資金調達の成功体験をひきずっていて、きっと今回の調達もなんとかなるのだろうと思っていた。しかしあれから毎日たくさんの投資家を巡ってもなかなか出資を決めてもらえることはなく、そうしている間にもアプリのユーザーは減少していき、このままでは会社を存続できないのではないかという不安が日に日に大きくなっていった。
大手ベンチャーキャピタルの早川と瀬川とは、もう5回も打ち合わせをしていた。彼らが上司に、我々について打診する。上司から新たに、あるデータや戦略をもらってくるよう指示を受ける。私たちを呼び出してそれらを提供させる。そんなやり取りばかりが続いた。「そういうのは一度にまとめてもらえませんか」と言いたかったが、もう彼らにすがるしかない気持ちだった。
「3000万円を出資させていただけそうです」瀬川が言った。「ただし役員面談があと2回ありますが。なんとか最後までがんばりましょう」
「はい」
私は精一杯の熱意を込めて瀬川の目を見た。
「我々としてもかなりの時間を投資していますのでなんとか決めていただかないと困ります」と松原は正直に言った。「基本的にはあとは顔合わせみたいなものですので、大丈夫なはずです」と早川が頷く。
「リバー兄弟はなんだか頼りないね。この会社がダメになったら、もうあとがないな」
ビルを出ると、松原が言った。
「いずれ給料が払えなくなる。その場合はエンジニアの誰かにやめてもらうしかなくなるな」
「それだけは絶対に嫌だ」
「その通りだよ。もうこうなったら、なりふりかまっていられない。贅沢を言っていないで、どんな手も使わなくちゃ。僕は最悪の場合、お父さんから例えば200万円、借金しようと思っている。それでまた少しはもつはずだから」
「お父さんはお金持ちなの? 何してる人?」
「普通の公務員。もちろん金持ちじゃないよ。こつこつ貯めた貯金を出してもらうことになるね」
「そんな……」
「君も、今のうちからお父さんに頼んでおいたほうがいい」
「パパから借金するのはさすがに……」
「経営者としての覚悟が足りないんじゃないの?」松原はけろっとして言った。「家族も巻き込むくらいの決意でやらなくちゃ」
「そんな言い方ってないでしょう。親から付け焼き刃みたいに借金したってまたすぐになくなってしまう。根本的に解決しないんだから、他の方法を検討しようよって思っただけなのに」
私は必要以上に怒っていて、声が震えた。
「経営者らしくないなんて、いろんな人から死ぬほど言われてきている。松原くんだけは、そんなふうに言わないでよ」
「ごめんごめん。これは僕が悪かった」
松原はうふふと笑って、また変なことを言った。
「そんなに怒らなくっていいのに。君っておかしな生き物だなあ」
「おかしいのはそっちでしょ」
私も少し笑った。
4月になり、いよいよ資金ショートのタイムリミットが近づいてきた頃、早川と瀬川に呼び出された。役員面談をとっくに終えていたので出資が決定したうえでの条件調整かと思っていたら、会議室に着くなり「残念ながら……」と早川が切り出した。「役員の判断で、今回の出資は厳しいということになりました。申し訳ありません」
「それはないですよ」
松原が言う。
「御社から出資いただける前提で、他の会社さんを断ったりもしてしまったんですよ」
これは嘘だった。
「たくさんお手間を取らせてしまい申し訳なく思っています」
瀬川が言った。松原が問い詰めると、やはり現在のサービスのユーザーが減少傾向だからという、最初から分かっていたことが理由だった。
「そういうことでしたらお電話でもよかったのに。ここって結構、遠いんですよ」
私も自分なりの嫌味を言った。静かな会議室に沈黙が流れ、「では、また機会がありましたら」と言って早川がドアを開けた。
私たちはエレベーターの前まで見送られた。「引き続き、よろしくお願いします」とお互い頭を下げながら、彼らに会うことはもう二度とないのだろうと思った。
「あーあ。リバー兄弟はやっぱり無能だった」
ビルを出ると松原が言った。この日、私たちは既に3社の投資会社と1名のエンジェル投資家を訪問していて、歩きすぎた足が痛んだ。電車に乗ってオフィスのある西新宿に帰った。会社員がひしめく夕方、ビルの下の広場にあるベンチに座った。
「見て、3万5000歩だって」
松原がスマホを見せて言う。
「今日の僕の歩数。これは最高記録かもしれない」
私も歩数計アプリを確認した。そこには3万6000歩が記録されていた。
「勝った」
文字通り、資金繰りに駆けずり回っていた。
「これからどうしよう」
「どうしようねえ」
松原が言って、我々はしばらく黙っていた。目の前ではハトが何かをつついていて、私はそれをぼんやり眺めていた。そのとき松原が急に右を向いた。
「もうここは、神様に聞いてみるしかないよ。僕たちの会社は今、存続すべきなのかってね」
そう言うと立ち上がり、歩き始めた。そして宝くじ売り場の前で立ち止まって、こっちを見て笑った。私たちは持っていた有り金全部(とは言っても2人合わせて5000円)をはたいてスクラッチのくじを買った。今までで一番切実な気持ちで、カードをコインで削り出していく。合計で1000円ほど当たった。
「神様は会社、畳めってさ」
私は言って、スクラッチの銀色の粉にまみれた手をはたいた。
文/関口 舞